拉致と国際法①

 10月5日は横田めぐみさんの誕生日だ。東京オリンピックの年、1964年に生まれためぐみさんは、生きていれば61歳になったはずである。

 母親の横田早紀江さんが、2日、記者会見に応じ、「あと何年生きられるか、これはもうわかりませんけど、何とか力を出して頑張らないと思っております」と拉致問題解決を訴えた。

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  誕生日といえばもう一人、石川県から拉致された寺越武志さんが、9月21日、76歳になった。その日、武志さんは金沢に住む妹に国際電話をかけてきて、母の遺骨を届けに訪朝するよう誘ったという。

 寺越武志さんが拉致されたのは1963年、めぐみさんと同じ13歳のときで、伯父二人と計3人で小さな漁船「清丸」で漁に出て、そのまま帰らなかった。その後、1987年にいきなり「北朝鮮にいる」との手紙が来て、母親の友枝さんが訪朝し、武志さんと再会した。

1987年に、拉致されて24年ぶりで母子は再会し、その後母の友枝さんは北朝鮮に通うことに

去年の寺越武志さん

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 寺越武志さん本人が「拉致された」と言えないのはもちろんだが、母親の友枝さんら家族も、北朝鮮に忖度して拉致を否定した。しかし、「清丸事件」が拉致であることは疑いようがない。日本政府は「清丸」事件を拉致と認定していないが、すぐにも認定すべきである。拉致認定は自己申告ではないのだから。

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 北朝鮮による日本人拉致は、日本の国民の命と人権、そして国家主権を侵害する極めて深刻な犯罪だ。この問題は「被害に遭った日本人を取り戻す」というナショナリズム的な文脈で語られることが多く、「家族会」「救う会」の集会には旧陸軍の軍服のコスプレをした集団や「在特会」がコリアン・ヘイトのスローガンを叫んで参加したこともあった。

 しかし、拉致はまず国際法の視点で捉える必要がある。国際法では北朝鮮による拉致は「強制失踪」という重大な「人道に対する犯罪」とされている。

 「強制失踪」とは、国家やその支配下にある組織が、個人の自由を奪い、消息を隠蔽することで、その人を法的な保護から完全に切り離す行為を指す。まさに拉致である。

 私は、横田滋さんや早紀江さんをはじめとする拉致被害者家族の終わりのない苦しみに接し、この犯罪がいかに残酷で、人間の尊厳を否定する許しがたいものであるかを知った。「何をおいても、これは何とかしなければ」との思いが自然にこみ上げた。

 ここでおさらいだが、「人道に対する犯罪」は、ICCが管轄権をもつ、ジェノサイドや戦争犯罪などと並ぶ、四つの中核犯罪の一つである。本来であれば国際法によって裁かれるべきものである。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルによるガザでのジェノサイドが示すように、残念ながら、現実には当事者間の解決に委ねられている。そして当事者同士での解決は、言うまでもなく極めて困難だ。

 国際法で裁かれるべき重大犯罪が、当事者間に放り投げられているこの“世界の構造”こそが、拉致問題の解決を阻む根本的な原因なのである。私の理解では。

 なお、「人道に対する犯罪」とは、広範なまたは組織的な文民にたいする攻撃で、強制失踪の他、アパルトヘイト(人種隔離政策)などを含む。

 では、「人道に対する犯罪」である拉致を命じた張本人、金正日をICCで訴追できないだろうか。ICCは、プーチンやネタニヤフに「有罪」として逮捕状を出している。できそうな気がするし、実際にそれが試みられたことがあった。
(つづく)