不信のなか処理水の海洋放出はじまる

 原発敷地内にたまる処理水の海洋放出がついに24日に始まった。東京電力トリチウムの濃度を国の基準の40分の1未満にまで薄め、海底トンネルを通じて沖合1キロから放出すると説明する。

 この問題をどう見たらいいのか、迷っている人も多いだろう。ここに中国ファクター(中国が日本産水産物の輸入を停止、中国各地の日本人学校に嫌がらせなど)が絡んできて、「中国のいちゃもんを止めさせろ」といった言説が勢いを増している。こうなると、処理水の海洋放出自体を冷静に考えられなくなってくる。

 27日のTBS報道特集が判断材料を提供するよい特集を組んだ。

敷地内に1046基のタンクがあり、毎日90トンの汚染水が発生する

 まず福島第一原発に最も近い請戸漁港の漁民の、8年前の約束が守られなかったとの声を取り上げる。
 2015年、福島県漁連は建屋内の汚染水については処理後も海に流さないことなどを求め、東電と政府は「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束していた。しかし2年前、「関係者の理解」のないまま、菅首相(当時)がいきなり「2年後に放出」決定を発表。地元から見れば、明らかな約束違反だった。東電と政府はその場しのぎの約束をして、地元に不信感を植え付けてきた。

2015年8月25日の文書

2021年菅首相(報特より)

約束は守られたかと聞かれ・・こんな言葉遊びをして。

「守り続けている状況でありまして」とつづけた。これも言葉遊び。

 知り合いのジャーナリストや地元の人に私が聞いた範囲では、公聴会などが開かれても、まともな議論にならず、まだ意見を言いたいと手が挙がっていても時間ですからと打ち切るなど誠実さが見られないことに憤っていた。
 
 東電は、浄化処理に使うALPS(アルプス)によって、セシウムストロンチウムなど、トリチウム以外ほとんどの放射性物質を取り除けると説明。トリチウムは世界の原発や関連施設からも放出されていて、福島第一原発からの量が特別に多いわけではないとも主張する。

報特より

 ただ、ここに大きな問題がある。実はタンク内の処理水は、一度ALPSで浄化処理をしたものの、7割近くはトリチウム以外の放射性物質も取り切れておらず、排出基準値を上回っているのだ。

「処理水の66%は基準値超え」と東電(報特より)

 基準値超えが発覚したのは2018年8月。ALPSで処理されてタンクに溜められていた水に、法令の基準値を上回る放射性物質が残存しているとの報道がなされる。この報道を受けて東電は、この時点でタンクに溜まっていた処理済みの水、約89万トンのうち、トリチウム以外の放射性物質が法令の基準値を超えている水が約75万トンに達すると公表。報道されるまで隠蔽していたと批判され、ここでまた東電は国民の信頼を失った

 中でも「J1-D」と呼ばれる9基のタンク内の処理水は、排出基準を1万4000倍も上回る。最初の頃、ALPSで処理したものの、フィルターの不具合で骨にたまりやすいストロンチウムなどが残ったためだという。これをもう一度ALPSで処理すれば「大丈夫」と東電は言うが、これまでウソをついたり不祥事を隠したりを繰り返してきた東電がいくらきれいごとを言っても信頼できないという人は多い。

高濃度の「処理水」(報特より)

 処理水の放出は廃炉まで続くというが、原発内部からの溶融燃料デブリの取り出しもまだできず、政府が目標とする30年後の廃炉完了は全く見通せない。つまり汚染水は半永久的に発生し続けると考えた方がよい。

 説得力を感じたのが、原子力委員会委員長代理・長崎大学教授、鈴木達治郎氏のコメント。
「他の国(中国など)が危険だ危険だという説明には賛成しないが、中にはまだ放射性物質が入っていますので、純粋のトリチウム水とは違うものとして扱わなきゃいけないと思う。他の国の原発や施設からトリチウム水が大量に流れているからこれも大丈夫だという説明は私は間違っていると思う」

鈴木達治郎氏

 鈴木氏は、放出する処理水のモニタリング方法についても疑問を呈す。

「(ALPSで)二次処理すれば確かにきれいになっていくと思うので、半年なり1年なりALPSがきちんと動きます。出てきた処理水は明らかに基準値以下になると、書類ではなく実際にやってみてデータを公開するプロセスがあって、初めて本格的に放出を始めましょうとなるのが筋だと思う」

 

 そして参考になると思ったのが、米国のスリーマイル島原発事故の後処理

 スリーマイル島事故で廃炉作業を指揮したレイク・バレット氏の説明によれば―

 当初はトリチウムを基準値以下にした処理水を川へ流す方針だったが、住民の反対もあり、「助言委員会」を作った。原発の科学者、大学関係者、普通の主婦を含む12人から成り、お互いに何かを主張し合うだけではなく、嚙み合った話し合いで、双方にとってウィンウィンの解決策を見い出そうとするものだった。話し合いがテレビで放映されることもあった。議論は10年以上におよび、処理水は大気放出することに決まった。大気に放出しても雨になり地上に落ちてくるので消えてしまうわけではない。助言員会と市民らはそれについて議論し、悪影響を最低限にできる措置が何なのか考えた。

 重要なことは「対話」である。日本政府や東京電力公聴会や委員会を開き、いろんな形で国民に伝えようとしたが、常に格式ばっていて、双方向のやりとりがないように見える。我々は(処理水処分の)他のやり方を探し求めたし、対話を他の人たちの目にも届くようにしたことで、安心感を広げていくことができた。(バレット氏コメント)

原発派や主婦も入った12人の助言員会

レイク・バレット氏

 反原発の人も入れるというのに感心した。しかし、考えると、そうすることで住民の信頼を得ることができる。対話と信頼が大事というのは政治のイロハでもあると思うのだが、わが国のトップは民の声を聴く耳を持たず、「丁寧な説明」という言葉だけを丁寧に繰り返すだけだ。

 スリーマイル島での実践を参考に、これからでもしっかり対話をしていくべきだろう。

 なお、福島の海産物は、県の検査の他に漁協で出荷する全魚種の検査を実施していて、基準値を超える魚が流通することはないので、安心して食べてください。