横田めぐみさん写真展での奇怪な出来事

 8月2日(水)から14日(月)まで、拉致被害者横田めぐみさんの写真展が、日本橋の髙島屋で開かれている。

 初日の2日は、11時30分から、めぐみさんの母、横田早紀江さんと有本恵子さんの父、有本明弘さんの座談会があって、私がファシリテーターをつとめた。拉致問題は進展のないまま、被害者の親の世代は次つぎに鬼籍に入り、残るのは87歳の早紀江さんと95歳の明弘さんだけになってしまった。その意味でこの座談会は貴重な機会だった。

写真展会場で開かれた対談

 「娘にあいたい」をテーマにした座談会は30分の予定だったが、お二人の娘への思いが溢れる話がつづき、50分にも及んだ。

www3.nhk.or.jp

 立ち見も多く出る盛況で、会場いっぱいの参加者、また会場に入れずにモニター前に移動した人もみなお二人の話に熱心に聴き入り、なかには目頭をおさえる姿も見られた。大きな感銘を与えた座談会だったのだが、その最中、周りに聞こえるような声でヤジを飛ばす男性がいたという。

 会場で聴いていたSさんが証言する。

 「椅子席が満席だったので、私は後方のテレビカメラなど取材班のいるところのさらに後ろに立って座談会を聞いていました。話が進むにつれ、私のすぐ後ろにいる男性が、何やら文句を言うような声を発しているのが気になりました。

 高世さんが、田中実さん、金田龍光さんが生存しているという北朝鮮の報告書を日本政府が受け取り拒否したことに触れたあたりから、明らかにヤジっている感じになって、この問題を高世さんが早紀江さんにふったところで、「誘導尋問してるんじゃねえよ!」とまわりに聞こえる大きな声でどなりました。

 我慢できなくなって、いったいどんな人なのかと後ろを振り返ると、首から写真付きのIDカードを下げた初老の男性でした。IDカードには「石川正一郎」と記してあります。すぐにスマホでネット検索すると、内閣官房参与の石川氏でした。政府のエライさんがこんな振る舞いをするのか、と本当に驚きました」

 そこは日本橋髙島屋の横田めぐみさん写真展会場である。ヤジを飛ばすにしてもTPOに配慮してほしいものだが、何よりヤジった人物が政府高官とは・・。Sさんが仰天するのも当然だ。

 座談会では、お二人の娘さんの拉致される前の思い出から始まり、拉致が判明してからの救出運動、その中でのご苦労や心境などに及んだ。

 後半で、私は、2014年に北朝鮮があらたに田中実さん金田龍光さんという二人の生存情報を日本政府に伝えたのに、政府がこれを無視したままにしているという問題を被害者家族としてどう思うかと早紀江さんに質問した石川正一郎・内閣官房参与が怒鳴ったのはその時だった。

 田中さん、金田さんの生存情報をめぐる問題は、政府に忖度してか、日本の新聞、テレビなど大手メディアではほとんど報じられず、知らない人も多いだろうが、きわめて深刻な事態である。(本ブログ過去記事参照)

takase.hatenablog.jp


 田中実さんは政府認定の拉致被害者17人の一人である。家庭の事情で、幼い頃から神戸の児童養護施設で育ち、身寄りがほとんどおらず、だれも家族会に入っていない。1978年、中華料理店で働いていたが、店の主人が工作機関の関係者だった。田中さんはその店主に騙されて北朝鮮に送り込まれたようだ。金田龍光さんは同じ養護施設で育ち、田中さんと同じ中華料理店に勤め、翌1979年、先に拉致された田中さんの後を追うように、やはり騙されて北朝鮮に入ったとみられる。

 拉致の詳細は省くが、北朝鮮は2014年、これまで北朝鮮に入国していないとしてきた田中さんについて、「再調査したら、実は生存しており、平壌で日本人女性と結婚して子どももいる、金田さん(特定失踪者)も生存していて同じく結婚している」と日本側に伝えてきた。

 北朝鮮が、存在を否定してきた拉致被害者の生存を認めたのは、2002年9月の小泉首相の訪朝以来はじめてのことだ。政府はすぐに二人に面会して本人確認し、事情を聴くものと思いきや、その北朝鮮の調査報告の受け取りを拒否。その情報は聞かなかったことにし、これを国民にも伏せたまま今日に至っている。二人は、生存情報が告げられてから、すでに9年も日本政府に見捨てられているのだ。人道上、許されない事態だと思う。

 田中さん、金田さんを待つ肉親はいないけれど、去年12月には、「二人を見捨てないで!」と友人や特定失踪者問題調査会が集会を開いて家族の代わりに訴えている

www.kobe-np.co.jp

 田中さん、金田さんは、待つ家族がいなくても、早紀江さんや明弘さんの娘と同じ拉致被害者である。私は、生存が分かっても政府が見捨てるなどという仕打ちを、もしお二人の娘に対してやられたらどんなお気持ちになりますか、と聞いたのである。

 これが逆鱗に触れて、「誘導尋問するんじゃねえよ!」とあられもなく怒鳴った内閣官房参与、石川正一郎氏。実は彼、今年3月まで、内閣官房拉致問題対策本部事務局長を9年にわたってつとめた、いわば政府の拉致対策の「ドン」である。

石川氏が拉致問題対策本部事務局長を退任し、内閣官房参与に起用されることを伝えるニュース(NHK

 彼はいったいなぜ、私が田中・金田生存情報受け取り拒否問題に触れ、これを拉致被害者家族に問いとしてふったとたんに怒りを爆発させたのか。

 そこを辿ると、拉致問題の進展を阻む謎が見えてくる。

(つづく)