ウクライナ侵攻につきまとう「核」の影

「大勢の人を殺すのは、個人的には耐えがたいこと。21世紀を生きているのだから、本当は他のことをしたかった。」

ヘルソン州の前線で戦うウクライナ軍の兵士。NHKニュースより


 ウクライナ南部ヘルソン州で攻勢をかけるウクライナ軍の兵士がこう語る。

 続けて、「きょうは妻の誕生日なので一緒にいたかった。しかし、祖国を守らなければならない。他に選択肢はありません。」

 人間として当然の感情の吐露に、そうだろうなあと深くうなづく。

 それでも戦わなくてはならない。

 「ロシアが戦いをやめれば、戦争はなくなる。ウクライナが戦いをやめれば、ウクライナがなくなる」

 ロシアへの抗議デモに参加していた女性が掲げていたという。これがシンプルな現実である。

・・・・・・・・・

 ウクライナはかつて世界第3位の核大国だった。ソ連時代から引き継いだ176基のICBM(大陸間弾道弾)と1240発の核弾頭を保有していた。ウクライナは独立後、米ロの圧力もあって、すべての核兵器を放棄することを決めた。

 その見返りに、ブダペスト覚書で米英ロがウクライナの安全保障を約束。

ルガンスク州にあった核基地。核放棄後は博物館になった(朝日新聞の動画より)

https://www.youtube.com/watch?v=uUSaONr1x8U

ウクライナの領土保全ないし政治的独立に対して脅威を及ぼす、あるいは武力を行使することの自重義務を再確認する」、また、ウクライナに「経済的圧力をかけることを慎み」、同国への「侵略行為」があった場合には、「同国に支援を提供するため、即座に国連安全保障理事会に行動を求める」ことを約束したのだった。

 ロシアの侵攻で、この約束は完全に破られたうえ、ロシアはウクライナに対して核兵器もしくは「汚い爆弾」を使用するぞと脅しをかけてきている。

 ウクライナが今も核保有国だったとしたら、ロシアが同じように行動していたか。「核の抑止」が働いたのではないかと考えるウクライナ人は多いという。こうなると、核兵器を持ちたいという国がどんどん増えることになる。

 こうしてロシアのウクライナ侵攻は、はじめから核兵器の影をともなっている。

 

 先日、英国の公共放送BBCが創立100周年を迎えたが、かつて起きた原爆に関するある事件を指摘する記事があった。

 BBCのお笑いクイズ番組で、広島と長崎の両方で原爆にあった山口彊(つとむ)さん(2010年没)を「世界一運が悪い男」などと揶揄し、スタジオの観衆が爆笑した。司会者は「2度被爆して生き残ったのは、最も幸運か最も不幸か」などと締めくくったという。この後、BBCは会長名で謝罪した。12年前の出来事である。(「斜影の森から」10月28日より)

 日本のテレビ番組でこの冗談はちょっと考えられないが、核保有国の英国ではこの程度の認識なのだなと考えさせられる。しかし、ナチスドイツによるホロコーストなら、ここまでの揶揄は控えられただろう。

 ということは、核兵器の悲惨さはホロコーストに比べれば、まだまだ世界で共有されていないということではないか。
 「唯一の被爆国」には、実際に核兵器が使われた際にどんなことが起きたかを世界に向けて発信し、核兵器の使用を封じる努力をする責任もまた伴うのではないか。

 日本は核兵器禁止条約に署名せず、広島出身の岸田文雄首相のもとでも、第1回締約国会議にオブザーバー参加すらしていない。この政府の姿勢を変えていかなくてはならない。

 

 核戦争がいつ起きてもおかしくないことは、米国の大統領が行くところには必ず「核のブリーフケース」を持つ側近が近くに待機する光景が示している。ロシアも同じことをやっている。国のトップ一人が核攻撃を決めるというのは、考えてみると怖い話である。

 警報即発射態勢がまた怖い。敵のミサイル発射を感知した警報が出たら、着弾するまでの10分で報復のミサイルを発射しなければならない。そうしないと、報復のためのミサイルも破壊されてしまうからだ。

ウクライナルガンスク州にあったかつての核ミサイル発射指揮所(地下11階)でミサイル発射の手順を説明(上の動画)


 我々は薄氷を踏みながら生存しているようなものだ。

 ウクライナ戦争は、核による人類滅亡の危険性をあらためて私たちに突き付けている。