なぜ政府は2人の拉致被害者を見捨てるのか?(10)

 8日、国会で、このブログの連載テーマに関する興味深いやりとりがあった。

 参議院の「北朝鮮による拉致問題に関する特別委員会」でのこと。

8日の拉致問題に関する特別委員会

参議院インターネット審議中継 (sangiin.go.jp)


 この日は、北朝鮮による拉致被害者家族会」(家族会)の飯塚耕一郎事務局長と、「特定失踪者家族会」の竹下珠路事務局長参考人に招かれた。

 飯塚耕一郎さんは、拉致被害者田口八重子さんの長男で、八重子さんは耕一郎さんが1歳のときに拉致されたままだ。

 竹下珠路さんは特定失踪者、古川了子(のりこ)さんの姉だ。

飯塚参考人

 まず飯塚さんが冒頭、「私自身の考えも交え、北朝鮮拉致問題についての考えを述べさせていただきたいと思います」と4点を指摘した。

「まず一点目。我々家族会は、全ての拉致被害者の即時一括帰国を掲げています。これを変えることはありません。変えるつもりもありません。

 事件が発生して30年、40年の長い時間が経ってしまったいま、我々には時間がないのです。一部の被害者だけ返してもらい、段階的にやる方が現実的ではないかというコメントもありますが、そのような考えには賛同致しかねます。」「我々家族に遺された人生の時間は短く、悠長に時間をかけていられません。」

二点目。再調査の実施、連絡事務所の設置は受け付けられません。

 「北朝鮮当局は24時間厳重監視のもとに誰がどこでいつ何をしているかという拉致被害者の状況を完全に把握しています。」

 「三点目。核ミサイル問題と拉致問題は切り離して考えていただきたいと思っております。」

 「この切り離しの考えについては、私から岸田総理、エマニュエル駐日米国大使およびバイデン大統領にも申し上げております。」

 「四点目。新たな手法を検討いただきたいと思っております。現在国際制裁および日本独自の制裁をかけてプレッシャーをかけているという形をとっています。」

 「さらなるカードを作るべきことを検討しています。北朝鮮との交渉に圧力は必ずあるべきです。」


 本ブログを読んだ方は、拉致被害者家族会がこういう方針になっている背景を理解されるだろうが、飯塚さんが頑なに、全ての拉致被害者の即時一括帰国以外は受け入れられないと語るのを見るのはつらかった。痛々しかった。

 「家族会」という互助会が、ここまで具体的な政策的注文をつけ、要人に要請まですることに疑問を持つ人は私だけではない。

 救う会」が、自らの政治活動に「家族会」を巻き込み、「家族会」の名で発信された方針を政治家が「承る」という構図がずっと続いている。

 「家族会とともに歩む」政治家というスタンスでやっていれば自分は何も考えなくてよい。

 だが、その方針では何も動かない。すると「悠長に時間をかけていられ」ないので、実現不可能な「全員即時一括帰国」にいっそう傾くという悪循環になっていく

 横田滋さんは、運動を引き回す「救う会」のあり方にも批判的だったが、もっとも強い怒りを持っていたのは、うわべは「家族会」に寄り添うように見せかけて、何も具体的な動きを見せない政治家とくに政府に対してだった。

 先日紹介した『新潟日報』のコラムが指摘するように、家族の訴えに「政府が表面的に同調することで、『頑張っている感』を演出し、リスクを伴う行動を先送りしている」のだ。「政治の真価は昔も今も行動と結果である」ともコラムは書いていた。

 特別委員会では、「全員の即時一括帰国」の方針が、拉致問題の進展に有害な役割を果たすことがはっきりと示された。

 有田芳生委員の質問

「例えば、北朝鮮が「8人死亡」の中でお一人が生存しているという伝達を仮にしてきた場合、それでも「全被害者の即時一括帰国」というのを求めていかれるんでしょうか。」

 飯塚参考人の答え。

「はい、その認識で結構です」

 必ず「全員」が同時に一括で帰国する。それ以外はすべて拒否するというのだ。

 さらに、有田委員は田中実さんの生存が日本政府に伝達されたことに触れた。

「結婚相手は日本人の可能性がある。そして息子さんのお名前はどうも『カズオ』というらしいんですけれど、(政府が)田中さんに会って、いろいろな情報を得てくるのもありうると思うのですが、そういうことは必要ないというお考えですか」

 飯塚さんは一言、「我々家族会は、即時一括帰国を求めています」とだけ答えた。必要ない、つまり2014年に北朝鮮が生存を伝達して以来、すでに8年も見捨て置かれてきた田中実さんを、このまま放置しておいてかまわないというのだ。

 養護施設で育った田中さんには「家族会」に参加する身よりはいない。しかし、田中さんには帰国を待ち望む友人たちがいる。 

 何より田中さん本人の人生をどう考えているのか。救出を待っている同じ拉致被害者ではないか。拉致被害者全員の一括帰国が叶うまでそのままでいろと言うのでは、いったい何のための「家族会」なのか。存在意義が問われるだろう。

 北朝鮮からの伝達によれば、田中実さんは日本に帰国する意思はないという。

 しかし、思い出してほしい。

 帰国した5人の拉致被害者も、はじめは日本に帰るつもりはないと言わされていたことを。

 また、曽我ひとみさんの夫のジェンキンスさんも、2度目の小泉総理の訪朝の際、面会した総理に対して北朝鮮を出る気はないと言っていた。

「約1時間、ジェンキンス氏と曽我さんのお嬢さんお2人と一緒にお話ししました。しかしながら、ジェンキンス氏は、どうしても今の時点で日本に行くことはできない。」(小泉純一郎総理、首脳会談後の会見での言葉、04年5月22日)

 ジェンキンスさんは、あの時それ以外の答えはあり得なかったと後で述懐していた。北朝鮮で生き抜くためには、自分が思った通りのことは言えないのだ。

 それに、田中さんの妻が日本人だとすると、その人は拉致被害者の可能性がある。

 一刻も早く事実を知るための行動を起こすべきだろう。

 人道、人権にかかわるこの深刻な問題を、被害者全員の「全員即時一括帰国」の方針はスルーしてしまうのだ。

 この特別委員会で興味深かったのは、拉致被害者家族会と特定失踪者家族会(69家族が参加)の考え方が異なっていたことだ。

(つづく)