なぜ政府は2人の拉致被害者を見捨てるのか?

 アメリカのバイデン大統領が22日、就任後初めて来日。翌23日には、北朝鮮による拉致被害者の家族11人が、バイデン米大統領と東京・元赤坂の迎賓館で面会した

(内閣広報室提供)

 バイデン氏は、椅子に座った横田早紀江さん(86)の前で膝を突いて早紀江さんを抱きしめ「あなた方の気持ちはよく分かる。同じ気持ちだ」と語りかけた。バイデン氏は被害者家族の一人一人から話を聞き、握手をした。子どもを亡くした自身の経験を語り、子どもの写真を見せて「家族を失うのはつらい」と述べたという。

 私はこの面会のニュースを複雑な思いで聞いた。

 米国のリーダーに訴えること自体はいいのだが、日本政府がこうした「やってる感」のイベント以外に、拉致問題を進展させるためにまともに努力しているようには見えないからだ。

 2002年9月の小泉純一郎総理と金正日国防委員長の日朝首脳会談で風穴があいた拉致問題だが、あれ以降、拉致問題の最大の懸案である5人以外の被害者の安否確認と帰国はまったくなされていない。つまり、成果が見られないまま20年もの失われた年月が経ってしまったのだ。

 その最大の責任はもちろん北朝鮮にあるのだが、日本政府、とりわけ安倍内閣以来、誤った対応を続けてきたことにも大きな問題があると思う。

 それがはっきり表れたのが2人の拉致被害者の生存情報の扱いだ。

 これは、ごく一部のメディアしか報じておらず、ほとんどの人が知らないと思うが、北朝鮮が2人の新たな拉致被害者の生存を伝えてきたのに、日本政府がこれをずっと放置しているというきわめて重大な問題である。

 まさか!と思うかもしれないが、ほんとうだ。

 以下は2019年12月27日の共同通信の記事だ。

拉致問題を巡り北朝鮮が2014年、日本が被害者に認定している田中実さん=失踪当時(28)=ら2人の「生存情報」を非公式に日本政府に伝えた際、政府高官が「(2人の情報だけでは内容が少なく)国民の理解を得るのは難しい」として非公表にすると決めていたことが26日分かった。安倍晋三首相も了承していた。複数の日本政府関係者が明らかにした。もう一人は「拉致の可能性が排除できない」とされている金田龍光さん=同(26)=。

 日本では身寄りがほとんどなく「平壌に妻子がいて帰国の意思はない」とも伝えられ、他の被害者についての新たな情報は寄せられなかった。被害者全員の帰国を求める日本政府にとって「到底納得できる話ではなく、国民の理解も得られない」(高官)と判断した。菅義偉官房長官共同通信の取材に「今後の対応に支障を来す恐れがあることから、具体的内容について答えることは差し控える」とコメントした。

 2人の生存情報を日本政府が入手して5年余り。日朝交渉に進展がない中、拉致問題解決を「最重要課題」と位置付ける安倍政権が非公表を続けている判断が適切なのかどうか問われる。

 2人はいずれも神戸市出身で同じラーメン店の店員だった。

 両国は14年5月、拉致被害者の再調査などを盛り込んだ「ストックホルム合意」を取り交わした。北朝鮮はこの前後、田中さんと金田さんが北朝鮮に入国し妻子と共に暮らしている、と日本政府に知らせたことが既に判明している。

 この後、北朝鮮はミサイル発射や核実験を繰り返し再調査も中止され、日本政府は2人に面会できなかった。ただ両国の接触は水面下で続いていた。北朝鮮は田中さんについて14年までは未入国としていたが一転認めた。金田さんについては言及していなかった。

 田中さんは1978年6月、成田空港からウィーンに向け出国。その後連絡が取れなくなった。北朝鮮の元工作員とされる男性(故人)が「工作員だったラーメン店主に誘い出され、ウィーン経由で連れて行かれた」と告白し、拉致疑惑が発覚。政府が05年に被害者に追加認定した。

 在日韓国人の金田さんは79年11月ごろ、田中さんに会うため「東京に打ち合わせに行く」と周囲に話した後行方不明になった。出国記録はない。直前の夏ごろに「オーストリアはいい所だ。仕事もあるのでこちらに来ないか」と書かれた差出人が田中さん名義の手紙を受領していた。》

田中実さん。両親が離婚して幼いころから養護施設で育ち、ほとんど身寄りがない。

政府認定拉致被害者リスト。田中実さんの番号4。北朝鮮が「入国していない」と主張している人はオレンジ色(外務省NP)

兵庫県警のHPより)

 

 2020年6月8日、安部首相は、首相として最後となる拉致問題についての答弁を参院本会議で行っている。

 これは横田滋さんが6月5日に亡くなった3日後のことだった。そこでテーマになったのが、この問題だった。

 質問に立ったのは、立憲民主党有田芳生さんで、拉致問題に関して以下のように問うた。

「私は、三月十六日の予算委員会などで何度も首相に問うてきた問題があります。それは、政府認定拉致被害者の田中実さんと特定失踪者の金田龍光さんが生存していると北朝鮮から二〇一四年に通告されたものの、その事実さえいまだ認めないことです。田中さんと金田さんの安否確認をするべきですが、もう六年も放置したままです。余りにも冷淡ではありませんか。それとも、拉致被害者の救出に序列でもあるのでしょうか。

 田中さんは七十歳。どうしていらっしゃるか全く分かりません。警察庁も把握しているように、結婚した相手が日本人だという情報もあります。それが拉致被害者なのか、特定失踪者なのか、確認するのが政府の責任です。」

 これに対する安部首相の答弁は―

安倍内閣拉致問題を解決するとの決意は、今も全く変わりありません。肉親の帰国を強く求める御家族の切実な思い、積年の思いを胸に、何としても安倍内閣拉致問題を解決する決意であります。

 その上で、北朝鮮による拉致被害者や拉致の可能性が排除できない方については、平素から情報収集等に努めておりますが、今後の対応は、支障を来すおそれがあることから、それらについてお答えすることは差し控えさせていただきます。

 無内容きわまりない答弁だが、共同通信の記事を否定してはいない。

 05年に拉致被害者として政府に認定された田中さんを、北朝鮮は「入国していない」と拉致を否定してきたのに、14年に主張を一転、田中さんが北朝鮮に生存していることを認め、さらに金田さんという特定失踪者の生存も認めたのである。

 北朝鮮が新たな拉致被害者の存在を認めるのは、日朝首脳会談横田めぐみさんら13人の拉致を認めて以来初めてのことだ。日本にとってきわめて大きな成果と言えるはずなのに、政府はこれを国民に隠そうとしている。

 なにより2人の拉致被害者を見捨て続けている。しかも8年もの長きにわたって。

 これはいったいなぜなのか。

(つづく)