なぜ政府は2人の拉致被害者を見捨てるのか?(2)

 5月15日は沖縄返還50年だった。

 22日の「スーパーモーニング」でコメンテーターの田中優子がいいことを言っていた。

TBS「スーパーモーニング」より

「(返還)50年を祝うという気持ちになれなかったですね。

 72年の(返還の)とき、沖縄の人々は、日本には憲法9条があるから、基地のない沖縄を実現できるだろうとお思いになって復帰したわけですよね。ところが50年間、それ(基地)はそのまま放置された。さらに新しい基地をいま作ろうとしている。それを思うと、私自身が本土の人間として沖縄の人々を裏切り続けたような気持になってしまうんですよね。

 ですから、これから具体的にどうしたらいいかということを考えなければならない。

 一つは、とにかく、ある一定割合、他のどこかに(基地を)移すということを決めてしまう必要があると思うんです。可能かどうかってことじゃなくて、まず移すと決めてしまう。

 日米安保が大事であれば、他の自治体がこのこと(基地を移すということ)に真剣に取り組むべき、立ち向かうべきなんですよ。

 それからもう一つは、すでに有志の方たちが案を作っていますけど、沖縄にアジアの人たちが交流できる、学び合えるようなセンターを作る、そういう拠点にするということ。こういうことも実現する方向に向かうべきなんで、これからどうするかということを考える時期に来ていると思います。」


 沖縄基地を他の自治体が引き受けようとはっきり言う識者が少ないなか、このコメントには思わず「そのとおり!」と叫んだ。
 この考え方がもっと広まってほしい。

takase.hatenablog.jp


・・・・・・

 2014年に北朝鮮が、生存を非公式に通知してきた政府認定の拉致被害者田中実さん金田龍光さんについて説明を付け足そう。

 田中実さんは、神戸市のラーメン店の店員だった1978年6月、北朝鮮からの指示を受けた店主にだまされて海外に連れ出された後、北朝鮮に送られたと見られている。成田空港からオーストリア・ウィーンに出国したまま行方不明になった。当時28歳だった。

 幼少期に両親が離婚したため、田中実さんは神戸市内の児童養護施設で育ち、家族会(北朝鮮による拉致被害者家族連絡会)に入る身寄りはいない。また、政府による認定が2005年と遅かったこともあり、田中実さんが政府認定の17人の拉致被害者の一人であることを知らない読者も多いのではないか。

 金田龍光さん韓国籍で、田中実さんと同じ施設で育ち、同じラーメン店で働いていた。田中実さんがウィーンに出国して半年ほど後、田中さんからオーストリアはいいところで、仕事もあるのでこちらに来ないかとの誘いの手紙をもらい、東京に向かったまま消息不明になっていた。

 なお、北朝鮮が拉致対象者を探すさい、「身寄りのない人」は好条件の一つである。急にいなくなっても騒ぐ人が少ないからである。二人はこの点で拉致に適した人材と判断されたはずだ。

 2014年に、北朝鮮が田中さんと金田さんの情報を日本政府に伝えた背景には同年5月のストックホルム合意」がある。

「2014年5月にストックホルムにて開催された日朝政府間協議では、北朝鮮側は、拉致被害者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束したストックホルム合意)。日本側としても、北朝鮮側のこうした動きを踏まえ、北朝鮮側が調査のための特別調査委員会を立ち上げ、調査を開始する時点で、我が国独自の対北朝鮮措置の一部を解除することとした。」(外務省HPより)

 「全ての日本人」とは拉致被害者の他、戦後日本に帰還できなかった残留日本人やいわゆる「帰国者」の日本人配偶者を含む。また1945年前後に現地で亡くなった日本人の遺骨や墓の調査も行うことになった。

 この時点で日本政府は、拉致被害者だけでなく「全ての日本人」まで範囲を広げて北朝鮮に「調査」させ、そこから一人でも二人でも拉致被害者の救済につなげていくという戦略をとったわけである。じわじわと少しづつ成果を上げる、いわば漸進策だ。

 この合意で評価できる点は、北朝鮮が「拉致問題は解決済み」との立場を改め、拉致被害者再調査を行うと約束したことだ。

 北朝鮮では拉致被害者は厳重に管理されているから、いまさら「調査」など必要ないのは分かっているのだが、これは北朝鮮に「調べたらさらに見つかりました」と新たな被害者を出させるための方便である。

 「合意」にもとづき、北朝鮮が「調査」の結果として「2人が見つかりました」と伝えてきたのだから、当初の戦略からいえば大成功のはずである。

 それなのに、日本政府は非公式にこの調査結果を聞いただけで、正式な調査報告書を受け取ることを拒否し、この情報を国民にも隠しているというのだ。

 なぜか。

 それは安倍晋三首相が、「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」という一気にすべてを完全解決する方針で拉致問題に臨んでいたからだ。

 「全ての拉致被害者」は生存していることが前提で、横田めぐみさんや田口八重子さんらが必ず含まれていなければならない。たとえ田中さんと金田さんの2人の拉致を北朝鮮が新たに認めたとしても、「8人死亡」がそのままならば受け入れることはできないというのだろう。

 つまりストックホルム合意」時の漸進策が「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」路線によってひっくり返されたのである。

 安倍首相の「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」は、「家族会」とその支援団体である「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)の方針であり、「家族会」と「救う会」は熱心な安倍応援団だった。

 きのう引用した共同通信の記事にこうある。

《(前略)2人の「生存情報」を非公式に日本政府に伝えた際、政府高官が「(2人の情報だけでは内容が少なく)国民の理解を得るのは難しい」として非公表にすると決めていたことが26日分かった。安倍晋三首相も了承していた。(略)

 日本では身寄りがほとんどなく「平壌に妻子がいて帰国の意思はない」とも伝えられ、他の被害者についての新たな情報は寄せられなかった。被害者全員の帰国を求める日本政府にとって「到底納得できる話ではなく、国民の理解も得られない」(高官)と判断した。》

 この「国民の理解を得るのは難しい」を、私は、世論に影響力をもつ「家族会」と「救う会」の理解が得られないと読む。

 田中実さんには「家族会」に参加する身寄りはおらず、「他の被害者」つまり横田めぐみさんなど「死亡」とされた被害者の新たな情報がないのであれば、こんな調査結果は受け入れられないとの結論に到ったのだろう。

 こうして「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」路線は、ストックホルム合意で目指した戦略をつぶしただけでなく、同じ拉致被害者の間に「差別」(「国民の理解を得られない」被害者がいるというのだ!)を持ちこみ、政府に見捨てられる被害者を生む結果にもなったのである。

 なお、2人の拉致被害者が政府に8年ものあいだ事実上見捨てられている事態について、「家族会」、「救う会」は何らアクションを起こしていない

 では、はたして「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」路線は、拉致問題の解決に導くのかどうかを見ていこう。
(つづく)