ミャンマー少数民族組織が民主派を「スパイ」容疑で逮捕

 8月1日、クーデターから半年が過ぎたミャンマーでは、国軍が総司令官を首相とする「政府」を発足させた。

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テレビを通じて発表するミン・アウンフライン総司令官

 《ミャンマー国軍が設置した最高意思決定機関「国家統治評議会」は1日、議長で国軍トップのミン・アウン・フライン総司令官を首相とする暫定政府が発足したと発表した。総司令官はクーデターから半年に合わせた国営テレビでの演説で、非常事態宣言終了後の2023年8月までに再選挙を実施すると表明した。》(共同)

 一方、ミャンマーの民主派勢力の「国民統一政府(NUG)」は、国軍から市民を守るためとして、5月に武装組織「国民防衛隊(PDF)」を設立、いま、各地で戦闘が激しくなっているという。

 このかん、私が個人的にミャンマー情勢にかかわった「事件」があった。

 長い付き合いのあるミャンマー人Mさんから先日、「知り合いが拘束されたので相談にのってほしい」との連絡があった。Mさんもその知り合いのAさんもビルマ族で、クーデター後、民主化のために積極的に闘っている。「拘束」とは国軍による弾圧かと思いきや、ある少数民族武装組織に捕まったのだという。

 ミャンマーにはいくつもの少数民族の反政府組織があり、半世紀以上国軍と戦ってきたが、「国民防衛隊(PDF)」はそれらの組織と協力関係を結んで武器の提供や軍事訓練を受けている。PDFに参加しようとする都市部の若者たちは、街を出て国境の山岳地帯に入っていく。

 Mさんによると、こうした状況の下で事件は起きた。
 Aさんが武装闘争にはせ参じようと、ある少数民族武装勢力の支配地に入ったとき荷物検査を受けた。Aさんのパソコンの中に国軍に関連する地図などが見つかり、「国軍のスパイ」ではないかとの容疑がかけられたというのだ。

 少数民族側からすれば、敵の敵は味方で、ともに国軍と戦うのは望むところだが、民主派と称するビルマ族の中に混じっているかもしれぬスパイを警戒するのは当然だ。スパイと判断されれば処刑もありえるわけで、Aさんの家族や友人は気をもんでいる。Aさんには国軍に捕まっている兄弟がおり、2人の子どもが囚われ人になった母親は絶望のなかにあるという。

 Mさんは「私たちは敵である国軍に関する深い情報を集めてデータ化し、共有しています。軍部隊の配置や武器庫の位置などを地図化することも行なっていて、そうした地図は私も持っています。スパイは完全な濡れ衣なので、その少数民族武装組織に説明して分かってもらいたい」という。そこで、武装組織の幹部に接触する方法がないかと私に連絡してきたのだった。

 この話を聞いて、およそ30年前に取材した民主派内の同志処刑事件を思い起こした。ミャンマーの中国国境の山中で起きた「浅間山荘事件」のような凄惨な粛清劇である。

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 当時、民主派の若者が少数民族武装勢力の支援のもとで「軍隊」を組織しており、この粛清事件のうらには少数民族組織の意向が働いていた。「軍隊」は武器も軍事作戦も全面的に少数民族組織に依存しており、いわば「間借り」しているようなもので、彼らの許可なしには大量処刑を行なうことはできなかったはずだ。

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1992年2月、「スパイ」だとして私の前に連行されてきた5人の民主派学生。手錠、足枷で厳寒のなか裸足だった。40名近い「同志」が「スパイ」として処刑されたが、この5人は処刑は逃れた。2013年、私は彼らに会い、スパイ容疑がすべて濡れ衣だと分かった。


 処刑された旧指導部は都市部の選りすぐりのエリート活動家で、少数民族組織の幹部とは肌合いが違い、軋轢もあったと推測される。彼らを処刑してのし上がった新指導部は、少数民族側と良い関係を築いているように私には見えた。

 ミャンマーがながく課題としてきた民主化と民族自治は、闘争の現場では必ずしも両立しない。例えば、少数民族の反政府組織をまとめるリーダーが、伝統的なクランの首長の血族で独占されていたり、組織が封建的な身分制に染まっていたりする。ある少数民族武装組織の長から、彼の何人もの親族が欧米に留学していると聞いたことがある。同じくらいの年頃の青年たちが、厳しい状況のなか戦場に出ていることを思い、反発を覚えたものだ。

 Mさんから相談されたAさんの件をなんとかしなくてはと、私の知る限りの伝手をたどって、その少数民族の軍隊のある幹部へのルートを知ることができた。結果、Mさんはその幹部と電話で直接に話をし、Aさんへの「スパイ」容疑の誤解を解く一歩を踏み出した。

 クーデターに反対する活動は、このように、さまざまな矛盾や軋轢をかかえながら進んでいく。国外の私たちにできることは、この戦いが早く終わるよう、NLDと市民に最善の支援をすることだ。

 9月には国連の新会期がはじまり、ミャンマーの代表権を国民統一政府(NUG)とクーデター政権のどちらに与えるかを決めることになる。国際的にはここが当面の大きな闘いの節目になる。日本政府がこれに明確な立場をとるよう、監視し圧力をかけなければならない。