声を上げた「スパイ容疑者」たち―ABSDFスパイ粛清事件②

takase222013-04-20

 こんどの放送をお知らせするときに困るのは、「テレメンタリー」がANN系列局ごとに放送時間がばらばらなことだ。

 そして、多くは録画でしか観られないような時間帯に放送される。テレビ朝日が22日(月)の深夜27時10分、つまり23日(火)の早朝3時10分から。山形テレビだと21日(日)の25時58分、深夜2時ごろからだ。20年以上の歴史を持つ老舗の社会派ドキュメンタリー番組がこんなに「冷遇」されているとは残念である。

 最近、テレビ朝日は視聴率が絶好調だ。
テレビ朝日は1日、12年度の平均視聴率が、ゴールデンタイム(午後7〜10時)で12.4%、プライムタイム(午後7〜11時)で12.7%を記録し、ともに1959年の開局以来初めての首位を獲得し、12年度の視聴率「2冠」を達成したと発表した。全日帯(午前6時〜深夜0時)は7.8%で42年ぶりの2位を獲得した。》(毎日新聞4月1日)
 知り合いのテレ朝社員に「もうかっているんだから、多少は報道とかドキュメンタリーも優遇されるんじゃないですか」と聞くと、逆なのだという。「視聴率に貢献しない」とみなされる番組は、ますます冷や飯を食わされる傾向にあるという。
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 都市部の学生が中心のABSDF(All Burma Students’ Democratic Front=全ビルマ学生民主戦線)は、88年以降の民主化運動の中核組織の一つだった。
 1992年2月、私がカチン州で遭遇したABSDF「スパイ粛清事件」に光が当てられたのは去年だった「スパイ容疑者」だとして拘束され拷問を受けたメンバーたちが、あれはでっちあげによる同志殺しだと声を上げはじめた。本も2冊出た。

 さらに、殺された人の遺族が、当時のABSDF幹部らを「殺人罪」で訴える動きが出てきた。すでに一家族が去年提訴し、来月さらに3家族が提訴する予定だ。
 元「スパイ容疑者」たちは、民主化運動全体への悪影響を考慮して、これまで沈黙を守ってきた。
 2010年スーチーさんが自宅軟禁を解除され自由の身になったことから、これでやっと真相究明の声を上げることができると判断して、さまざまな情報を公開しはじめた。
 こうして民主化は、隠されていた民主化勢力内部の暗部を表に出すことにもなったのである。

 いま、当時起きたことが次々に暴露されているが、92年2月12日の15人の集団処刑の前にも個別の拷問・リンチで殺された人がおり、「スパイ粛清事件」で殺害された人は、合計38人(数え方によっては39人、37人とも)におよぶ。

 また、当時のABSDF(北ビルマ支部)のメンバーは400人足らずだったのに対して、「スパイ容疑者」はなんと100人におよんでいた。4分の1超が捕えられ拷問されたのだった。

 92年の「ザ・スクープ」で私は「スパイ容疑者」5人(写真)に会ったのだが、今回、そのうち4人に取材することができた。

 彼らの証言によれば、拘束中の待遇はひどく、拷問の手口は信じがたいほど残酷だった。例えば、訊問者が「スパイ容疑者」の体に爆弾を付け、答えが気に入らないと爆弾を破裂させて手や足を吹き飛ばしたことがあったという。

 ソ連スターリン体制、カンボジアポルポト派あるいは連合赤軍浅間山荘事件)など、いったん暴走すると止められない運動体の病理を思い起こさせる。
(つづく)