入管はウィシュマさんを詐病扱いしていた!

 ミャンマーでは市民の一部が武装して国軍に対峙しはじめたが、大きな犠牲が出ている

 《ミャンマーのインターネットメディア「イラワジ」は5日、北部ザガイン地域で2日、国軍と武装した市民による戦闘があり、市民側の41人が死亡したと報じた。数人の子どもも含まれる。国軍側の15人も死亡したという。》(共同)

 150人の国軍兵士が市民の武装組織を攻撃し、簡単な武器しか持たない市民側に大きな犠牲が出たもようだ。国軍兵士はまがりなりにも戦闘のプロ、市民側が対抗するのは容易ではない。今後の衝突が懸念される。

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ミャンマーからのクーデター以降の日報。7月5日現在、殺された市民892人、逮捕総数6513人、現在なお拘束中5085人、指名手配1964人。今回のザガインの戦闘の犠牲者はまだここには反映されていない。クーデターから155日も経つのか・・

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 入管に容中に死亡したスリランカ女性、ウィシュマ・サンダマリさん(33)を診察した名古屋市の病院の医師が、「ウィシュマさんと同行していた入管職員から『詐病の可能性がある』と口頭で説明された」と語った。

 遺族の妹のワヨミさん(28)とポールニマさん(27)が2日、医師と面会したさいの証言だ。収容中の非人道的な扱いが次々に暴露されていく。
 面会に同行した指宿(いぶすき)昭一弁護士は、「詐病の話を入管側から持ち出したことは中間報告に書かれていない。入管の責任が問われそうなことを隠している」と批判した。朝日新聞

 私が面会した入管の被収容者にも、入管に体調不良を訴えると、「早く出たいので病気のフリをしているんだろう」と職員が嘲笑って外の病院に連れて行ってもらえなかったと訴える人が複数いた。病院に行ったとしても、診察中、医師と二人きりにしてくれずに職員が口を出し、さらに職員と医師が陰でコソコソ打ち合わせるという。詐病扱いされた人は多い。

 ウィシュマさん遺族の代理人をつとめる指宿弁護士は、入管問題や外国人労働者の権利保護に精力的に取り組んでいるが、このほど米国務省から人身売買と闘う「ヒーロー」8人の1人に選ばれ、表彰された。

 国務省の人身売買に関する年次報告書は、指宿弁護士の取り組みを「日本の技能実習制度における強制労働の被害者を支援し、虐待を防止してきた」と評価した。表彰式で指宿氏は「日本の技能実習制度は、人身売買と中間搾取の温床になっている。この制度を数年以内に廃止に追い込み、外国人労働者が団結して権利を主張できる状況を作り出す」と訴えた。(朝日新聞

video.mainichi.jp(毎日新聞)


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 きのう、ある編集スタジオのスタッフとテレビ業界のよもやま話をしていた。

 コロナ禍はポスプロ(ポストプロダクション=編集やナレーション録りなど、撮影の後の納品までの作業)業界にも影響を与えていて、都内だけで編集スタジオが五つほどつぶれたという。

 まだ再放送やってるし、一般人に自由に取材できないので、お笑いタレントの起用がますます増えている。
 テレビ局の広告収入源で制作費削減がさらに進み、制作会社ではAP(アシスタント・プロデューサー)など補助業務要員がリストラされて、プロデューサーやディレクター自ら雑用を全部やっている。現場にいる一部の人に仕事が集中している。
 ある番組をやっている女性のディレクターが、もう辞めたいと制作会社のプロデューサーに言ったら「お前が辞めたら、新たに5人雇わないといけなくなる!」と怒鳴られたそうで「私は5人分働かされてるのね」と嘆いていた。

 などなど、笑うに笑えない業界話が尽きない。
 「〈働き方改革〉なんてテレビ局だけで、制作会社はもっとたいへんになっていますよ」とのこと。
 問題は、安い制作費でスタッフ数を減らされながら歯を食いしばって番組を作っても、観てもらえなくなりそうだということ。

 NHK放送文化研究所が昨年10月に実施した「国民生活時間調査」で、1日に少しでもテレビを見る人の割合が8割を切った。8割を下回るのは、昭和35年の調査開始以来はじめてだという。

 平日の1日に少しでもテレビを見る人の割合は5年前の85%から79%に減少。60代以上はほぼ変わらないが、16~19歳では71%から47%に激減し、20代でも約半数しか視聴していなかった。一方、1日にインターネットを利用する人の割合は全体で45%、16~19歳では80%だった

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どの局も若者を取り込め!とハッパをかけるのだが・・・


 コロナ禍で在宅率が増えたことを考えると、この結果はテレビ業界にとって深刻だ。

 若い人の間ではテレビを毎日見る習慣自体が消滅したと言っていいのではないか。テレビ制作に携わる人たちは、この現実から出発するしかない。どうなる、テレビ。