シリアは今も叫んでいる

 タイム誌が選んだ「世界で最も影響力のある100人」はいくつかのカテゴリーがあり、「リーダー」ではトランプや習近平メルケルなど世界のトップリーダーが選出されているし、伊藤詩織さんは「パイオニア」枠で選ばれている。

 伊藤詩織さんと同じカテゴリーに、ドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』の監督ワアド・アルカティー(Waad al-Kateab)さんが入っていた。

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ワアド監督(タイム誌より)

 ワアド監督の選出には拍手を送りたい。

 この映画は2月末、封切りの日に観に行った。圧倒されました。ここ数年でもっとも衝撃を受けたドキュメンタリー映画だった。

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 文字通り死と隣り合わせのなか、自らと家族を自撮りした緊迫の映像がつづく。戦場のど真ん中でどうやってこんなに感動的なストーリーを作れるのか、考え込んだ。歴史に残る映像作品になることは間違いない。

 上映後、ワアド監督と映画館をスカイプで結んで交流した。監督のシリアの人々について世界に発信したいとの思いがひしひし伝わってきた。

 この時私は会社をたたむ手続きでドタバタしている最中で、ブログにはこの映画については書かずじまいだったが、当日の私の日記帳には「奇跡のような映画」と書いてある。この映画はぜひ多くの人に観てもらいたいし、シリア人からの発信を応援したい。

 先日、『シリアにて』(フィリップ・ヴァン・レウ監督)という映画を観た。これがまたすばらしかった。

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 これは劇映画である。
 《シリアの首都ダマスカス。アパートの一室に身を寄せる家族とその隣人。泥沼化する戦地の今を、ある女性の視点で描いた、家族を守るための、終わりのない24時間の密室劇》(『シリアにて』オフィシャルサイトhttps://in-syria.net-broadway.com/より)

 私はノンフィクションやドキュメンタリーの方が、小説や劇映画などより「リアル」だという幼稚なリテラシーから抜け切れず、『シリアにて』は劇映画、つまりは作り物だからと、あまり期待せずに観に行った。ところが、これが実に「リアル」なのだ。

 一歩外に出ればスナイパー(狙撃手)の縦断やヘリが落とす爆弾で死に直結し、家には強盗グループが押し入ってくる。まさに極限状態。
 同居する人々の内面(慈しみ、哀れみ、恐怖、嫉妬、忖度などなど)を思いながら観ていると胸が苦しくなるほどだった。

 ほんとうに真実に迫るにはフィクションだよ、と誰かに聞いたことがあるが、ちょっと分かるような気がする。

 シリアを描いたドキュメンタリーと劇映画の秀作『娘は戦場で生まれた』と『シリアにて』については、綿井健陽さんがすぐれた映画評を書いているので参照してください。https://news.yahoo.co.jp/byline/wataitakeharu/20200923-00199566/

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 コロナ禍でシリア問題は忘れ去られているが、久々に『国際報道』で取り上げられていた。多くのシリア人が「傭兵」としてリビア内戦で戦っているとのリポートだった

 悲惨なのは、若者が家族を支えるために兵士になり、そう仕向けているのがシリア、リビアの紛争に介入するトルコやロシアなのだ。

 リビアで戦うシリア人傭兵が電話取材に答えて、高額な報酬にひかれてリビアに来たという。
 「月2000ドル。死亡したら6万5000ドル、ケガをしたら4000ドル~5000ドルです」
 シリアでは「50日間で約30ドルでした。妻や子がいてその金額では暮らせるわけがありません」
 「(シリアで)飢え死にするか、リビアに行くか、他に選択肢はありませんでした

 傭兵の実態を調査しているシリア人記者は、シリアで戦う戦闘員の報酬はトルコから出ていると語る。
 「シリアでの報酬を下げると、人々は自発的にリビアに行く。トルコがそう仕向けている
 「8割の若者は家族を養うために行っている」
 「ロシアとトルコは飢えに苦しむ人たちを利用してリビアに送っている
 「これは戦争犯罪であり人権条約違反でもある」

 シリアでは、トルコは反政府勢力を、ロシアはアサド政権を支援し、リビアではトルコが暫定政府軍を、ロシアが反政府軍事組織「リビア国民軍」(LNA)を支援する。どちらの地域でも対決する構図だ。
 両国はリビアでの戦闘を有利にするために、シリア人をリクルートしているのである。戦場では、シリア人同士が敵味方に分かれて銃を向け合うことになる。悲惨である。

 トルコは1万8000人、ロシアは3000人のシリア人をリビアに送り込んでいるとみられる。(人権団体による)

 17歳で家族の制止を振りきってリビアに渡ったバセルさんという若者がいた。彼はリビアでの戦闘で亡くなってしまった。18歳の誕生日の2日後のことだった。

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バセルさん(NHKより)

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バセルさんの埋葬(NHK)

 お兄さんのユセフさんは、アサド軍の空爆で片足を失った。妹たちも大けがをして障害があるという。ユセフさんが言う。
 「(弟は)少しでも家族を助けたいと戦闘員になりリビアまで行ってしまいました」
 「2人の妹たちがケガで障害が残っても、誰も助けてくれない現状に失望したのです
 
 妹の一人は言う。
 「私たちの治療のためだと言っていました」
 「お金なんていらない、兄の無事の方が大事だと伝えても聞き入れてくれませんでした」
 「お金を稼ぎ、私たちがもっといい生活を送れるようにすることが夢だといつも話していました

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「国際報道」より

 兄のユセフさんが弟の眠る墓地で訴える。

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「国際報道」より

 「心が痛い。弟はまだ若かったんです」
 「いろんな国が自国の利益のためシリア内戦を激化させ、シリア市民の生活を破壊しました」
 「だから弟はリビアに行かなくてはならなかったのです」

 リビアでの休戦の動きがまた出てきたが、すぐに戦いが終わることはないだろう。アメリカが自国第一主義国際紛争には関心を向けず、国連も事態を動かせない状況に絶望したくなるが、ともかくもシリアを忘れず、関心を持ち続けたい。