香港で何を学ぶか―ある日本人留学生より

 自転車に乗って図書館に行く途中、視界に真っ赤なかたまりが入ってきた。トキワサンザシ(ピラカンサ)の生垣だった。秋の陽に照らされて鮮やかだ。

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 今月9日はベルリンの壁が崩壊して30年にあたっていた。
 戦後、敗戦国ドイツは連合国の米・英・仏・ソ連の4か国に分割占領された。首都ベルリンも4か国のそれぞれの管理地区に分割された。その後、冷戦となり米英仏3国占領地区が西ドイツ、ソ連の占領地区は東ドイツと分断国家になった。ベルリンは東ドイツの中の「島」となり、そのなかの西ベルリンをソ連が壁で包囲して通行を遮断した。一つの街の中に国境ができたのである。これがベルリンの壁だった。この壁を越えて西側に脱出しようとして多くの人が命を落とした。
 1989年11月9日の夜、国境の検問所が解放され、翌10日には物理的に壁が壊されはじめる。これで東西の国境はなくなりドイツは統一された。若い人は知らないだろうが、当時は「自由が勝利した!」と世界中が感動したものだ。

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 実は東ドイツ側の手違いもあって一夜にして壁が崩壊してしまったのだが、こんなことが起きるとは誰も予想していなかった。その後、あれよあれよと言う間に盤石に見えた共産主義体制が倒されソ連という国家が消滅するところまで行った。
 人々の願いが思いもかけない形で現実化することがあるのだなと私の心に強く印象づけられた。
 いま自由を求める世界の人々の橋頭保が香港だ。30年前のドイツのような「革命」が起きることを願っている。
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 中国事情に詳しい「黒色中国」という人のブログは興味深い香港情勢を伝えてくれるので毎日彼のツイッターをチェッしている。
 先日、「香港に留学中の日本人高校生からいただいたDM」と題して彼のフォロワーから送られてきたダイレクトメール(DM)が公開されていた。http://bci.hatenablog.com/entry/hkdm
 このなかに「警察に実弾で撃たれた高校生」が出てくるがこれは10月1日に警察に銃で胸を撃たれた高校生のこと。https://takase.hatenablog.jp/entry/20191001
 彼はこの日本人高校生の「友人の友人」だったという。
 すばらしい内容で感銘を受けたので以下に紹介する。

 こんにちは。私は香港に留学している日本人高校生で、ここのインターナショナルスクールに通っている者です。香港の留学生のうち、日本人大学生はたくさんいても高校生はおそらく片手で数えられるくらいしかいないので、我ながらレアな存在だと思います笑 なお、日本では「留学生が帰国を急いでいる」と報道されていますが、それは主に大学生のことであり、高校生である私の生活圏はまだ安全なので日本には帰っていません。
 私は香港に留学してから一年と少ししか経っておらず、まだまだこの場所に関しては素人です。それでも、ここ最近はデモや香港の将来を案じて物事に集中できません。こんなことを日本にいる親に言ったら怒られそうですが、授業中もパソコンでパワポを見るフリをしながら、ほかの生徒と同様に香港のニュースを追っています。警察に実弾で撃たれた高校生は私の友達の友達であり、あの日はテスト勉強ができませんでした。お世話になっている知り合いの大学生が沢山いる中文大学や香港理工大学がまるで戦場のようになり、日本人留学生が散り散りに去らざるを得なくなってしまったのを見て、複雑な思いが日々頭の中を巡っています。
 私は香港のことを愛しています。私はビクトリアピークから望む中環の夜景から重慶大厦の中東料理まで好きです。香港の経済的繁栄の影にはさまざまな問題があり、ここは決して完璧な場所ではありません。しかし、広東語のアクセントも、ボロボロなのに容赦なく走る小巴(ミニバス)も、譚仔(近所の麵屋)のちょっと無愛想なおばちゃんも、デタラメな日本語の広告も好きです。こんなことを言うのもおこがましいかもしれないですが、ここの高校を卒業した後、何があろうとも香港は必ず私の第二の故郷になると思います。
 香港自体だけでなく私の学校も、もし日本にいれば体験しないであろう分断に直面しています。校内のLennon Wall(政治的意見やポスターを貼る掲示板の香港での通称)での表現の自由について、香港人と中国本土人の生徒で対立がありました。デモに関する学校の対応をめぐっても、生徒と先生の間で軋轢が生じています。ですので、ここも決して居心地のよい状況とは言えません。しかしそれでも幸いなことに、私の学校の生徒は、異なる立場を超えて辛抱強く最善の道を見出そうとしています。私がいるこのような環境は、これまで日本でずっと過ごし偏狭な考えを持っていた私に、かけがえのない自省と成長を促してくれます。
 ここに住む私でも、今夜も何が起こるかは分かりません。改善の目途は見えず泥沼化している中、1週間後、1か月後、1年後に香港がどうなっているかは私には予想すらできません。香港に短い間しかおらず、実際に危険な目にあったことのない私でさえこのような不安や焦りがあるのですから、香港の人々の心中を察すると、とても堪え忍べるものではありません。
 私はこのような時期に香港にいさせてもらえることは、唯一無二の貴重な体験であると思っています。もちろんすべての留学生が私と同じ考えを持っているとは思いませんし、傍観者のくせに不謹慎だと批判される可能性を重々承知の上で申し上げています。
    いま私には、「日本人の高校生として、この目まぐるしい状況からいかに多くの学びを得られるか」、そして直接的な問題解決につながらないにせよ、「その学びをどう責任ある行動に生かせるか」という問題が迫っています。これは私が香港を去った後でも、ここで過ごした時間が束の間であっても、特に中国が勢力を増す今の時代だからこそ、きっと一生を通して考えることになるほど重要な課題です。
 拙文ではございますが、お読みいただきありがとうございました。

 

 若いのに「その学びをどう責任ある行動に生かせるか」という主体的な課題を自分に課していることに尊敬の念をもった。応援したい。