東電旧経営陣への無罪判決によせて2

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 きのうの夕方、おつかいで駅前に行ったら夕焼けで空が赤く染まっていた。天変地異が起きるのではと思うほど強烈な色合いで、多くの通行人がスマホをかざしている。台風17号はもう大丈夫なのか。
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 鉄道のフェンス沿いに鮮やかな黄色。マツヨイグサ(たぶんオオマツヨイグサ)だ。花は夕方に開くので「宵待ち草」や「月見草」とも呼ばれる。これは朝出勤のときに見た花がしぼんだ状態。北アメリカ原産で明治期に帰化し、野生化したらしい。アスファルトのすきまから元気に育っている。
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 東電の旧経営陣3人に対する無罪判決についての続き。

 裁判の過程で、東電の担当者も、国の長期評価(今後30年内にマグニチュード8前後の地震福島県沖を含む三陸沖北部から房総沖の間で起きる確率は20%程度)を否定することはかなり難しいと考えていたことも明らかになった。
 無罪判決を妥当とする読売新聞の社説でさえこう書いている。
 《ただ、刑事責任が認定されなかったにせよ、原発事故が引き起こした結果は重大だ。想定外の大災害だったとはいえ、東電の安全対策が十分だったとは言い難い。
 2年3か月にわたる公判では、東電の原発担当者や地震学者ら20人以上が出廷した。津波対策が必要だと考えていた、と証言した部下もいた。危機感が共有されず、組織として迅速な対応が取れなかった実態が浮かび上がった。
 強制起訴によって裁判が行われることになり、公開の法廷で、原発の安全対策に対する経営陣と現場との認識のギャップが明らかになった意義は小さくない。》
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20190920-OYT1T50032/

 ところで、2017年3月には、民事裁判で津波の「予見可能性」を認める判決が出ている。
 《東京電力福島第一原発事故群馬県内に避難した住民ら45世帯137人が、国と東電に総額約15億円の損害賠償を求めた集団訴訟の判決が17日、前橋地裁であった。原道子裁判長は、国と東電はともに津波を予見できたと指摘。事故は防げたのに対策を怠ったと認め、62人に計3855万円を支払うよう命じた。》
https://www.asahi.com/articles/DA3S12847301.html
 刑事裁判では民事と違って、企業などの「法人」は当事者にはなれず、自然人しか裁けない。今回のように同じ東電内でも危機感の持ち方などで大きな差がある場合、個人の責任をどう判断するのかは難しい。
 私は、今回の判決が、政府の原子力行政を前提にしたバランスを欠いたものであると思うが、同時に日本の現行の刑事裁判が自然人しか対象にできないという問題を何とかすべきだとの以下の信濃毎日の社説に同意する。
 《今回の裁判は、東京地検の不起訴処分を受け、検察審査会で強制起訴が決まった。原発事業者に高い注意義務を求める市民感覚の表れといえるだろう。深刻な被害を出した事故の刑事責任をだれも負わないことは、ほかの原発事業者や経営陣に甘えも生みかねない。
 刑法は個人に処罰を科す。今回の判決は、組織の決定に対する個人の責任を問うことの難しさを改めて浮き彫りにした。企業や法人に対する組織罰の導入を検討しなければならない。》https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190920/KT190919ETI090005000.php

    2005年のJR福知山線で列車の脱線事故が発生、107人が亡くなるという大惨事になった。刑事裁判では、JR西日本の元社長が起訴されたが無罪となり、強制起訴された歴代3社長も無罪となっている。誰にも刑事罰が科せられずにいるのは納得できないだろう。こうした大事故では同様の問題がつねに生じている。

 

 TBS「報道特集」では、飯舘村の期間困難区域である長泥行政区被災地ですすむ「復興事業」も紹介された。国の費用で除染・インフラを整備する代わりに、汚染土を埋め立て、その上に普通の土を盛り、試験農業をやる再生事業プロジェクト進められている。
 鴫原(しぎはら)良友区長が苦しげな表情も見せつつ、「(原発事故から)8年くらいになるので、ある程度は覚悟というか、心に妥協がある。再生事業は夢も希望もるが、どんなふうに変るのか、不安も正直少しある」と言う。

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 汚染土の再利用については以前書いたが、長泥の人々にとって苦渋の決断だった。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20180311
 時間もたつので、不安もあるが妥協しながらでもやれることをやるしかないということだろう。この事業は住民の合意を得ていることになっているのだが、受け入れるまでには反対も葛藤もあったはずだ。そして住民の不満は区長である鴫原さんに集中したことだろう。また村、県、中央との調整などでも苦労があっただろう。


 原発事故の翌年、鴫原さんから苦しい毎日を生き抜く覚悟を聞いて感銘を受けたことを思い出す。
 《「忙しくてどうしようもない」「金がなくて困った」「仕事がうまくいかない」、こういうのが最高の幸せですよ》こう鴫原さんは言ったのだった。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20120713

 鴫原さんは、判決については、「東電が悪いとか国が悪いとかいう問題じゃないと思う。復興に対して住民が納得できるような方向に持っていってもらいたい」と語る。

 もう前を向いて進むしかない。そんな鴫原さんの心中に思いを馳せた。