山形生まれのカクテル「雪国」

 お正月恒例の水族館劇場の「さすらい姉妹 寄せ場路上巡業」を観に上野公園へ。去年同様、写真家の鬼海弘雄さんと一緒だ。
 山谷労働者の餅つき大会につづいて「冒険ぴいたん波まくら漂流記」という出し物が野外で上演された。アトランティス大陸満州国技能実習生など過去、現在、未来が入り混じった海賊船を舞台に、国家を捨てた者たちが演じるドタバタ劇。山谷の労働者もチョイ役で出演するのが楽しい。看板役者の千代次さんはじめ団員の熱演を楽しんだあとは、私もお相伴にあずかり乾杯して新年を祝った。

 鬼海さんと上野から東中野に移動して「ポレポレ東中野」へ映画「YUKIGUNI」を観に行く。60年前、スタンダードカクテル「雪国」を生み出した山形県酒田市の92歳の現役のバーテンダー、井山計一さんを描いたドキュメンタリーで、監督は山形在住の渡辺智史さんだ。http://yuki-guni.jp/

 初日の今日は、「東京公開記念」とのことで、プロのバーテンダーがシェイクする「雪国」が提供された。グラスのふちにまぶした砂糖の白は雪、カクテルの黄緑、底に沈んだ緑のチェリーが涼やかで、雪国のイメージにぴったり。味は・・うまい。口あたりが良くて何杯でもいけそう。山形の芋煮も楽しんでいい気持ちになったところで映画を観る。
 「BARは人なり」という言葉があるそうだが、「雪国」が生まれ愛され続けてきた歴史と井山さんの人生、家族との絆が交錯して、地味だがじんわりと感動させてくれる映画である。
 渡辺監督は「よみがえりのレシピ」「おだやかな革命」など今の利益優先の価値観とは別の生き方を問題提起してきた。山形に住みながら地に足のついた制作活動を続けている。
 鬼海さんを紹介すると、渡辺さんはかねてから鬼海さんの大ファンで、「ぺるそな」がとくに好きだそうだ。

 映画のあとは鬼海さんと飲み屋で新年のお祝い。

 どうしてこんな情けない世の中になったのか、と世を憂いながら飲む。話題はトランプの無茶ぶり、中国のウイグル弾圧など政治問題から個々人の生き方にまでおよぶ。鬼海さんはものの考え方が根本的という意味でラディカルなので、とても刺激的でおもしろい。
 「(近代社会では)幸せを、階段を上っていくみたいに捉えるが、これは間違っている」という。近代の価値観の枠組みを根本から考え直さないと。鬼海さんは近代文明のありようを批判するが、評論家の渡辺京二さんもこう断じている。
 《わが近代文明は、(中略)人びとに幸わせを保証することにおいて失敗した文明であった。すなわち近代文明ほど、人間に対して敵対的な文明は歴史上存在したことがない。(略)それは人間性に挑戦する文明である》。(「逝きし世と現代」)
 近代文明をどう超えていくかは、ここ数年、私の中心的なテーマになってきている。
 きょうは一日、尊敬する鬼海さんと楽しく過ごすことができてとてもうれしかった。それに、ラディカルな話は心を元気にしてくれる。