再びジャーナリストに旅券返納命令

 2日(土曜)の夜、10時半、帰宅途中の電車の中で携帯が鳴った。ジャーナリストの常岡浩介さんからで、「いま羽田空港から出国しようとしたら、旅券を返納しろと言われて足留めされています」という。


 常岡さん、入国拒否にあったり(https://takase.hatenablog.jp/entry/20151228)、「拘束」されたり(https://takase.hatenablog.jp/archive/2016/10/31)、国を訴えたり(https://takase.hatenablog.jp/entry/20171102)何かとお騒がせな人なのだが、旅券返納命令とは尋常ではない。どうなるのか。

 知り合いの弁護士と善後策を相談していると、常岡さんから、旅券返納命令がFAXの書面で示されたと連絡が入る。

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 「返納すべき理由」としては、常岡さんが1月にオマーンで入国を拒否されたことがあげられ、「旅券法第13条第1項第1号に該当する者となり、その結果、同法第19条第1項第2号に規定する『一般旅券の名義人が、当該一般旅券の交付の後に、第13条第1項各号のいずれかに該当するに至った場合』と判断されるに至ったため。」と記してある。


 旅券法第13条第1項第1号には
 「渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者」とあり、これに該当するとされれば、「外務大臣又は領事官は」「旅券を返納させる必要があると認めるときは、旅券の名義人に対して、期限を付けて、旅券の返納を命ずることができる」(第19条)のである。

 

 常岡さんは以前からイエメン取材を計画していた。イエメンは内戦により、国連は「世界最悪の人道危機」(the world's worst humanitarian crisis)にあるとして緊急支援を訴えている。

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 常岡さんは、オマーン経由でイエメンに入ろうと、両国のビザを取り、1月14日オマーンの首都マスカットの空港に着くと、思いがけず入国拒否にあう。その理由は思い当たらなかった。空港に留め置かれ19日、日本に送還された。
 そこで今回は、スーダン経由でイエメンに入るルートに変更。スーダンのビザも取得して2日夜、羽田空港へ。自動化ゲートで出国手続きをしようとしたが・・
 「パスポートを機械に通そうとしたら『このパスポートは登録されていない』と表示された。その場にいた入管の人たちも機械の故障かと尽力してくれたが、問い合わせた結果パスポートが無効化され私に対して旅券返納命令が出ていることがわかった。返納命令は羽田空港で、職員から外務省からのFAXを渡される形で初めて自分に対して執行されていることを知った。事前に返納命令は受けていなくて、さらに日付のところは手書きになっており、まるで出発日に合わせて命令が出されたようだった。」(https://abematimes.com/posts/5673513

 返納命令書には、手書きで返納期限が2月2日、つまりその日の午後11時20分とある。常岡さんとSNSで連絡を取り合っているうちにその時刻がきた。
 旅券法第23条によると、「旅券の返納を命ぜられた場合において、同項に規定する期限内にこれを返納しなかつた者」は「5年以下の懲役若しくは3百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」とある。けっこう重いのである。「期限内にこれを返納しなかった者」になってしまった。
 常岡さんは旅券の返納には絶対に応じないという。では逮捕されるのか、と心配していたら、とりあえず自宅に帰れることになった。

 旅券返納命令という言葉を私がニュースで初めて知ったのは、「よど号」犯の妻たちに対して出されたときだった。

 ジャーナリストでは、2015年、シリア取材を予定していたフリーカメラマンの杉本祐一さんが旅券返納命令を受けている。杉本さんの場合は、旅券法第13条の「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」が根拠とされた。つまり、表向きの理由は、シリアが危ないから本人の安全を慮って、というものだった。
 杉本さんは裁判に訴えたが、最高裁まで争って敗訴が確定した。となると、常岡さんも裁判ではおそらく勝ち目がないだろう。
 1月に常岡さんが目的地としたのはイエメンであって、オマーンはそこに至る経由国である。世界中、経由国のどこかで入国拒否されれば、旅券が無効になるというのは、移動の自由の乱暴な侵害ではないか。

 もし、これがジャーナリストでなかったらどうだろう。例えば、国境なき医師団の医師や看護師。紛争地の最前線で人道医療活動をやる彼らはジャーナリストより危険な地域に入ることも多い。彼らに日本政府が旅券返納命令を出すだろうか。

 あるいはフリーランスではなく、知られたメデイア企業に勤める記者、カメラマンならどうだろうか。
 政府が、気に入らないフリージャーナリストの自由な取材活動を妨害するために、かくも露骨な手段に出たのかと驚きを禁じ得ない。
(今回の事件については、Buzzfeedの貫洞欣寛記者の記事が詳しいhttps://www.buzzfeed.com/jp/yoshihirokando/passport?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharefacebook&utm_term=.cgRRmNaKM&ref=mobile_share

 そもそも常岡さんが、なぜオマーンで入国禁止になったのか。
 そこにはさらに深い闇がありそうだ。
(つづく)