縄文シャワーを浴びた日

 おかしな台風だった。父島あたりから左旋回して東海から九州に抜け、さらに左に曲がっていま南の方向、奄美諸島の方に向かっているようだ。大惨事にならずにすんでよかった。
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 今月に入って、メダカが11匹も次々に死んだ。多い日は一日に3匹も。また、10匹以上いたはずの稚魚が2匹しか生き残らなかった。原因が分からないが、記録的な暑さのせいかもしれない。ボウフラとミジンコの生餌に切り替えたら元気になった(ように思う)。あらたに稚魚が10匹近く孵って心を楽しませてくれている。生きものと接するのは楽しい。
 このかん、せわしくてブログをさぼっていたので、備忘録的に印象的なことを書こう。


 21日(土)専修大学へ。これは大学の象徴とされる復元された黒門。数年前、ここで3年ほど「平和研究」というゼミの非常勤講師をやっていたので、何度も来ているのだが、この黒門をじっくり見たことはなかった。前身の専修学校明治維新直後にアメリカに留学した4人が創立者だそうだ。次々とつくられた教育機関が近代化を強力に牽引したのだなあ。以前は学校をつくるのは疑問なく「いいこと」だと思っていたが、今はさめた気持ちで黒門を眺めている。

 ここに来たのは、渡部富哉さんの「解明されたゾルゲ事件の端緒~松本三益の疑惑をめぐって」を聴くためだ。90歳近い渡部さん、これを人生最後の講演にするという。渡部さんは、戦前からの日本共産党のたたきあげの活動家で、党を辞めてからは日本左翼史の常識を次々にひっくりかえす研究で注目されている。
 例えば、戦後の共産党弾圧のための謀略だとされてきた「白鳥事件」が、謀略でも冤罪でもなく、日本共産党による犯行で、党がひそかに指名手配犯を中国に密航させていたことを明らかにした。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20160607
 私は、伊藤律に関する番組『父はスパイではない!』を作ったさいに渡部さんに教えを乞うて以来のお付き合いだ。伊藤律は戦後、徳田球一書記長のもと事実上のナンバー2として党の再建にあたったが、野坂参三から、権力のスパイとして糾弾され除名された人物だ。渡部さんは、伊藤律はスパイではなく、逆に野坂があやしいと主張。結果的には、野坂参三名誉議長こそがスパイだったことが明らかになった。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20160819
 渡部さんはこの日、ゾルゲ団摘発の端緒は伊藤律ではなく、松本三益日本共産党名誉中央委員だとする持論を13時から17時までの長時間展開した。松本三益氏は、沖縄の革新運動の元祖とでもいうべき人物で、彼をスパイと断じるのは相当の勇気がないとできない。http://chikyuza.net/archives/10312

 「おれはインテリじゃねからよ」とべらんめえ調の富哉節は聴かせる。4時間があっという間だった。こんなオタクな講演会に70人もが参加したのは驚き。ただほとんどは70歳代以上。たぶん若い頃、左翼運動に青春をかけた人たちだろう。活動家にとってスパイかどうかは名誉にかかわる。戦前は命にかかわることだった。感情に訴えるテーマでもある。
 しかし、私は、誰がスパイだったか、ゾルゲ事件の端緒は何かということをつきとめることが、今の日本の運動にとってどういう意味があるのか、自問してしまう。
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 22日(日)うちの近くの兒嶋画廊 丘の上APTで「縄文シャワー展示室展」2018を観る。すばらしい。縄文と我々はつながっていると、岡本太郎なども展示してあるし、画廊の主、兒嶋さんの作った粘土作品も飾られていて実に楽しい。縄文と現在はパラレルワールドだそうだ。
http://www.city.kokubunji.tokyo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/016/261/30tirasi.pdf

(右の木の柱のようなのは、戸谷成雄氏の作品。たしかに縄文風だ)
縄文時代は世界的にいうと新石器時代を指し、この時期、人類はどこでも似たような表現行為をしていたから、世界のどこでも土器と石器は作っていたが、なぜか日本列島では石器にたいしたものはなく土器こそ優れていた。世界中の傅物館、美術館に石器時代の遣物を訪れてきたけれど、大きさはむろん表現においてはなおさら、縄文土器は群を抜いている。そればかりか、それ以後の表現行為の歩みの中で、日本列島の住人は縄文に始まる美学を人事にし、新しい美意識も縄文の上に重なり積って、列島の美は具体化してきた。日本の伝統美の終着地とも言える琳派北斎にあっても縄文土器と同じような渦巻く曲線は生き続けている。その一番の理由は、土をベースとした表現だからではないか。列島の人々の意識の底には今も、土がたまっている。藤森照信/建築家・建築史家》

(現代の作家の作品も一緒に並んでいる。左下の勅使川原蒼風作(400万円!))
 日本列島が縄文土器を生み出したのはなぜか、いろいろ想像をめぐらせたくなる。

(うちから自転車で5分ほどの恋ヶ窪遺跡で出土した、5センチほどでかわいい。モモンガかそれともエイか?)
 いま人は「日本」を声高に語るが、縄文を前にすると「日本」ではなく、「日本列島」を語ることになる。これは実は最先端なのだろうと思う。縄文シャワーを浴びて外に出ると爽快感が訪れた。この「縄文シャワー展示室展」8月10日までやっているので、ぜひどうぞ。入場無料!
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 28日(土)午後13時、亡くなったジャーナリスト・探検家の恵谷治さんの本の頒布会に都内のトランクルームに行った。頒布会は、すでに1週間前から開かれていて、たくさんの人が本を持って帰ったはずなのだが、まだまだ本棚は詰まっている。台風接近で雨が降りはじめるころで、この時間帯は4人しかいなかったので、私とかみさんでゆっくりと十数冊選ぶ。すると恵谷さんの娘さんが恵谷文庫のハンコを本に押してくれる。何よりの記念だ。帰ろうとすると、旧知の作家の西牟田靖さんと、話題作『カルピスをつくった男 三島海雲』を最近出版した作家の山川徹さんが14時からの頒布会にやってきた。これで3回目だという西牟田さん、書庫を観るなり、「初めて来た1週間前から全然減ってねえ!」。あまりに多すぎるのだ。
 帰りは荷物が重いが、恵谷さんの本は思い出になるし、引かれた傍線などが残っているページをくると感慨深い。たくさん本をもっている人は、ぜひ亡くなったら頒布会をやることをお勧めしたい。
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 そのあと、ざあざあぶりのなか、田村公祐さんの写真展『私が見たシリアの今』へ。ダマスカスやアレッポなどアサド政権支配地の風景で、反政府側の映像を見ることの多い私には新鮮だった。アサド政権は非道だが、そこに住むシリア国民は、安寧を求める明るい笑顔の人々だ。権力と人民は違うことをあらためて思い知らされる。

 さらに銀座ニコン深澤武写真展「奄美琉球」をのぞく。空、海、森・・自然が美しい。アマミホシゾラフグのミステリーサークルは不思議だ。中心部に産卵するというが、そのためになぜ、石庭のように砂に模様をつけなければならないのか。フグの「気持ち」が知りたくなる。