もっと田舎に行こう

 週末、墓参りに一泊で山形に行く。2日とも雨が降った。
 こんなに日照時間が少ない夏はめったにないと、農家が嘆いていた。野菜の出来が心配だという。
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 先祖の墓のある鶴布山珍蔵寺(かくふざん・ちんぞうじ)へ。
 写真左手が小学校へ続く道で、右の石段を上ると珍蔵寺。室町時代開山の曹洞宗名刹だ。門のそばに「不許葷酒入山門」=葷酒山門に入るを許さず(ニンニクやニラなど臭いのきついものや酒を持ち込んではならない)の石碑が建ててある。禅宗のお寺にはよく見られる。この寺については何度も書いたが、鶴の恩返しの伝説があり、鶴布は鶴が恩返しに自分の羽で織った布に、珍蔵は鶴を助けた民話の主人公の名前に由来する。

 境内は木々の緑に包まれ、霊気に満ちている。うちのかみさんは、初めに連れて行ったときにすっかり気に入って、ぜひここのお墓に入りたいと言う。
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 散歩すると村の寂れようが悲しい。昔買い物をした主な商店はみな閉まり、更地になっているところもある。通りを歩く人はほとんどいない。多少動きがあるのは、織機川(おりはたがわ)―やはり鶴の恩返し伝説にその名を由来する―の護岸工事の車両だ。氾濫したのはもう3年前だが、まだ工事は終っていない。川にかかる織機橋は昭和5年建造の古い橋で、この一帯は村でもっともにぎやかで橋のたもとには「ゆのむらや」という繁盛した煙草屋があったが、そこは今、草ぼうぼうで「売地」の看板が立っていた。

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 フラワー長井線の「おりはた」駅。私の子どものころから無人駅だが、中に入ると蜘蛛の巣がまとわりついてくる。赤字線だが、高校生の通学の脚として必要な鉄道だ。終点の白鷹町荒砥まで乗った。景色は実に美しくまた懐かしい。ちょっとわけあって、白鷹町農家民宿に泊まりにいったのだ。そこは、山形で一番たくさん紅花を生産する(ということは日本一)農家で、一晩いろいろ話を聞いてきた。
 このあたりの農家の多くは70歳代の老夫婦だ。夫を亡くした奥さんたちは、一人でポツンと家にいるのもつまらないから体が動く間は野菜を作っている。しかし、あと10年経ったら、農業はどうなってしまうのか。このあたりの話はいずれまた。
 ここ2〜3年、東京で便利さに囲まれて安穏と生きていてはいけないなと思う。そして、田舎をどうしたらいいのかを考えている。森本喜久男さんにインタビューして『自由に生きていいんだよ〜お金にしばられずに生きる“奇跡の村”へようこそ』を出版したのは、一つには彼の遺言となるメッセージを残すことが目的だが、自分としては、近代文明とくに都市のありかたのおかしさを訴えたいという動機があった。
 ことしはもっと頻繁に田舎に行こう。