北朝鮮、拉致調査覆さず 日本側、承服せず
23日の朝日朝刊一面トップの見出しだ。
スクープである。
《北朝鮮による日本人拉致被害者らの再調査をめぐる昨年からの日朝非公式協議で、日本政府が認定し、帰国が実現していない横田めぐみさん(拉致当時13歳)ら12人の拉致被害者について、北朝鮮が「8人は死亡。4人は入国していない」とした当初の調査結果を現段階で覆していないことがわかった。複数の日本政府関係者が明らかにした。
また、太平洋戦争の終戦前後に朝鮮半島で亡くなった日本人の遺骨問題については、北朝鮮は協議の過程で約8千柱を返還するとして、1柱約120万円、総額約100億円の経費を求めてきたという。拉致問題を最優先し、「認定被害者がゼロ回答では話にならない」(政府高官)という立場の日本側は承服できない考えを伝達。交渉は「ずっと行き詰まった状態」(外務省関係者)で、調査結果を正式に受け取る公式協議を開催する見通しは立っていない。
複数の日本政府関係者によると、外務省の伊原純一・アジア大洋州局長と小野啓一・北東アジア課長は昨年秋以来、中国の大連や上海で北朝鮮当局者と水面下の協議を重ねてきた。だが、北朝鮮が「改めて入境からの経緯を確認する」とした12人の認定被害者について、「8人死亡、4人入国せず」との過去の調査結果は覆っていないという。
調査終了の目安だった「1年」を迎えた今年7月、北朝鮮が「いましばらく時間がかかる」と通告してきた後も、日朝双方は9月初旬にかけて計4回大連で接触したが進展は見られなかった。
一方で、北朝鮮は遺骨問題について、墓地の調査や掘り返しに必要な費用として、約100億円の支払いを要求してきた。仮に支払う場合は赤十字を通すことになるが、拉致問題を優先する日本側は拒否している。朝鮮戦争中に行方不明になった米兵の遺骨返還では1996年から米朝の合同発掘作業が断続的に行われ、作業ごとに米側が補償金を支払うなどしてきた。
北朝鮮は、戦後の帰還事業で在日朝鮮人と一緒に北朝鮮に渡った日本人配偶者についても、具体的に帰国させる人物を特定してきたが、日本側は応じていないという。
首相側近は「認定被害者についてはゼロ回答との認識を持っている。『そんな報告は受け取れない。しっかりと調べ直せ』というのが日本の立場だ」と話す。また、官邸幹部は「北朝鮮は拉致以外の結果を先に出そうとしている。金が先に欲しいのだろうが、それではダメだと言っている」との認識を示している。》
この記事によれば、まず、北朝鮮側の「調査結果」なるものの内容が、すでに(口頭で)日本側に伝えられていた。
それは、これまでの「8人死亡、4人入国せず」のまま。
これを覆すために日朝協議をはじめた日本側としては、そんな「調査結果」は受け取ることはできないと突っぱねている。
北朝鮮側は、遺骨問題や日本人配偶者の帰国問題を進めましょうといろいろ提案してくるが、日本側は、拉致の案件が動かないかぎり、他の問題も進められないとして協議自体が膠着状態になっている、というわけだ。
実は、8月21日、共同通信は以下の記事を配信していた。
《北朝鮮高官が17日に日本の民間訪朝団と会談し、日本人拉致被害者などの再調査は既に終了し、報告書も完成したと伝えていたことが分かった。日本側には外交ルートで伝達したと説明。「提案があれば明日にでも北京で発表するが、報告書を受け取ろうとしない」と日本側の対応を批判した。訪朝団に参加した「日朝友好京都ネット」の浅野健一理事が21日、明らかにした。》
さらに9月10日の共同の配信記事では、
《北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使は10日までに共同通信と平壌で会見し、拉致被害者を含む日本人の調査結果に関する報告書について「ほぼ完成した」と述べ、最終段階にあるとの認識を示した。報告が遅れていることについては、調査結果を日本側と共有できていないためだとして、こうした状況を伝えるため日本との公式協議に応じる用意があると表明した。
北朝鮮は7月、調査に「いましばらく時間がかかる」と日本に通告したが、北朝鮮側としては現在、調査が大詰めを迎えているとの認識を示した形だ。
会見は9日行われた。宋氏は「いましばらく」との通告について、調査自体ではなく、日本側と情報を共有し、結果の発表時期などを調整するために時間がかかるとの趣旨だと説明。
日朝合意では両国が調査内容を共有することになっているが「この過程を経ていない」として、北朝鮮側による一方的な発表は望ましくないとの考えも示した。日本側との折衝の詳細には触れなかった。
また、情報を共有するため、北朝鮮が設置した特別調査委員会に相当する専門家らの常設組織を日本側でも設置してほしいとの要望を表明。北朝鮮としては、日朝合意を通じて日本人に関する全ての問題を最終的に決着したいとの立場を強調した。
日本の民間訪朝団参加者が、報告書が完成したのに日本側が受け取ろうとしないと北朝鮮高官が述べたとしていることについては、自らの発言が誤解され伝えられたものだとの見解を表明。
日本側に対し日本人遺骨に関する調査結果を提示したものの、拉致問題が含まれていないとして受け取りを拒否されたことがあり、これを指したものだと説明した。》
こうしてみると、どうやら、朝日の記事は事実のようだ。
7月はじめに北朝鮮が調査結果の報告延期を通知してきたというあたりから、何か変な匂いがしていた。
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20150708
私は、いわゆる再調査がはじまったときは、「8人死亡」を覆すスタートラインに立ったという意味で期待したが、去年秋、北朝鮮側が遺骨と残留日本人、日本人妻を前面に出してきて、拉致に手をつけるつもりがないのではと懸念していた。
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20141029
そのとおりの展開になっている。
拉致被害者の家族の心情を思うとやりきれない。
ところで、もし朝日記事が事実とすれば、去年7月の日経新聞の「スクープ」はいったいなんだったのか。
《生存者リストに複数の拉致被害者 北朝鮮、約30人提示》との見出しで、こう報じたのだ。
《北朝鮮が日本側に提示した北朝鮮国内に生存しているとみられる日本人の生存者リストに、政府が認定している複数の拉致被害者が含まれていることが9日、明らかになった。北朝鮮側は同リストを今年初めに作成したと説明。今後の拉致被害者らの再調査は同リスト以外の人物も対象になる見通しだ。政府はリストに掲載されている約30人の安否の詳しい説明などを北朝鮮側に強く求めていく方針だ。
生存者リストは北京で1日に開いた日本と北朝鮮の外務省局長級協議にあわせ、北朝鮮側が提示したもの。関係者によると、約30人にのぼる日本人の名前のほか、それぞれの生年月日や職業、家族構成などが記載。政府は9日までに、同リストと政府が把握する拉致被害者や拉致の疑いが濃厚な行方不明者の情報との照合作業を終え、約3分の2が日本側の記録と一致した。
リストには政府が認定している17人の拉致被害者(このうち5人が帰国済み)のうち、複数の名前があるほか、拉致の疑いがある行方不明者や、それ以外の日本人名もあった。
北朝鮮側は同リストは今年初めの時点で作成したと説明しており、北朝鮮側は今回の一連の協議が本格化する前から、北朝鮮国内にいる日本人の所在などを把握していたとみられる。調査結果の第1弾は8月下旬から9月初旬にかけて北朝鮮側が日本政府に報告する。》
私は当時からこの記事の信憑性には疑問をもっていて「きわめて考えにくい」と論評したのだが、さて日経はどうするのか。
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20140710