「乳児を抱く母親」は米艦船には乗っていない

今夜駅からの帰途、ふと見上げるとまん丸い月が出ていた。
このところ雨が続き、月が見れずにさびしかったから、よけいに美しく見えた。
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 「時期ありきではない」と言っていた安倍首相だが、スケジュールはとっくに決めていたらしい。
安倍晋三首相は十日、官邸に自民党高村正彦副総裁を呼び、武力で他国を守る集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲閣議決定を二十二日までの今国会中に行うため、公明党との協議をまとめるように指示した。与党は十日の協議で集団的自衛権の実質的な議論に入ったばかりなのに、九日には政府が自民、公明両党幹部に閣議決定案の非公式な提示もしていた。》(東京新聞11日)
 公明党は圧力に抗することができるのか。
 今回、憲法解釈を閣議で決めるなどということを許してしまえば、その後も時々のトップの気まぐれで解釈を変えてよいということになる。憲法の存在意味はどこにあるのか。立憲主義は風前の灯である。
 そもそも、安倍首相が集団的自衛権容認の論拠がウソだらけであることは、一部のメディアでも指摘されてきた。水島朝穂早大教授が『世界』7月号の「虚偽と虚飾の安保法制懇報告書」で、5月号に続き、そのデタラメぶりを徹底的に暴いている。
 例えば、安倍首相が会見で、パネルを示しながら情緒的に訴えた「紛争国から逃れようとしているお父さんやお母さんや、おじいさんやおばあさん、子どもたちかもしれない、彼らが乗っている米国の船」。
日本自身が攻撃を受けていなければ、日本人が乗ったこの米国の船を日本の自衛隊は守ることができない。見捨てたくなければ集団的自衛権でしょう・・と話を持って行った。
 これが全く非現実的な状況であることを、水島教授は多くの資料をもとに論証する。
 まず、米軍は日本の民間人を救出しないという。
 現行の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)では、「自国民の退避については自分の国の政府で責任を有するというのが原則」(99年4月22日竹内外務省北米局長)だという。現行指針改定時に日本が米軍による邦人の救出を要求したが、「最終的にはアメリカから断られました」(99年1月18日衆院日米防衛協力指針委 中谷元委員)という経緯があった。米軍は、日本人を助けることを拒否したというのだ。
 米国国務省国防省との覚書には次の記述がある。
 「(国務省は)全ての外国政府に対しては、自国民の退避のための計画を策定すること、合衆国政府に自国民退避を依存しないことを強く要請する」。つまり、いざというときにアメリカを頼るなよ、と米政府はいうのである。
 米国統合参謀本部の”Noncombatant Evacuation Operations (23 November 2010)”(非戦闘員退避作戦)によれば、避難の対象者には優先順位が付けられ、米国市民が第一順位。非米国市民については、「合衆国はどの国に対しても退避の援助を保障する協定を締結していない・・。最大限できる限り、非米国市民を含める非戦闘員退避作戦は、主な民間国際空港に向かう民間航空機で行われなければならない」とされている。
 《安倍首相がどんなに情感を込めて訴えようとも、日本人である「乳児を抱く母親とそれに寄り添う幼児」は米艦船には乗れないのである》。(『世界』P107)

 自衛隊による邦人救出はどうかというと、これも難しい。
 「派遣先国の空港及び航空機の飛行経路において、派遣先国政府等の措置によって航空機等の安全が確保されないと認められるときには、・・自衛隊機による在外邦人等の輸送を行うことは、そもそもありえない」(1993年4月27日衆本会議 中山防衛庁長官)というのである。
 極力、戦闘が始まる前に、民間機で脱出できるよう日本政府は手配すべきだし、緊急時には「あわてずに、民間パイロットが操縦する赤十字機の救援を待つべき」だというのは、自衛隊と民間航空のパイロットだった信太正道氏だ。緊急時には高度の国際線の経験が必要で、それを積む機会のない「自衛隊に出る幕はない」からだ。
 なお、「航行中の民間客船および飛行中の民間航空機は拿捕の対象となるが、破壊の対象とはならない」ので、《死にたくなければ、米艦船や米軍機には乗らないことである》(水島)

なるほど。
 この論文からもう一か所引用したい。安倍首相が、湾岸戦争イラク侵攻などには加わらないとしている論点についてだ。
 《安倍首相は会見で「自衛隊武力行使を目的として湾岸戦争イラク戦争での戦闘に参加するようなことは、これからも決してありません」と妙に力をこめて語った。だが、仮に国連安保理武力行使決議を根拠とするこれらの戦争には参加しないとしても、安倍首相自身が「アフガン戦争の際にヨーロッパの国々が、NATOにおいて定められているこの集団的自衛権の行使を行うということにおいて言わば攻撃を行った」(2007年5月22日参院外防委)と答弁しているように、集団的自衛権を根拠とするアフガン戦争のような戦争への参戦の可能性は残されている。このことに対する自覚が安倍首相には欠けている》。
 安倍首相が暴走しているいま、彼のよって立つウソは一つひとつ国民に明らかにしていかなければと思う。