マスコミと検察の暴走―「薬害エイズ事件」

takase222010-10-19

検察やマスコミが、事実をゆがめて「悪人」を作り出し、その人間を社会から抹殺しようとする―村木厚子さんの事件は、その恐ろしさを浮き彫りにしたが、ここでぜひお薦めしたい本がある。
村木さんの主任弁護人、弘中惇一郎氏が編著の『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実―誤った責任追及の構図』(現代人文社2008)だ。
あの「薬害エイズ」事件も同じ構図だったという。
安部英(あべ・たけし)医師は、自分の血友病の患者にHIVに汚染された非加熱製剤を投与して死亡させたとして業務上過失致死で逮捕、起訴され、「薬害エイズ裁判」の被告人となった。96年から続いた裁判は、2001年に東京地裁で無罪判決が出る。そして、第二審の審理中、2005年に安部医師は死亡している。
弘中氏は、安部医師の弁護人でもあり、冒頭に出版の目的をこう書いている。
「本書の目的は、第一に、主にこの無罪判決の内容を分かりやすく説明することを通じて、一般読者に安部医師が無罪であることに理由を知って頂くことであります。そして、それとともに、第二に、悲惨な結果をもたらした災害が発生した場合、十分な根拠もないのに、誰かを責任者として仕立て上げたがる無責任なマスメディアとそれに押されて起訴までする無定見な検察の姿勢を強く批判し、無実なのに刑事被告人とされるという甚だしい人権侵害が二度と繰り返されることのないように、声を大にして訴えることにあります」
問題とされた80年代前半には、日本だけでなく、世界中で、血友病患者への非加熱製剤の投与は続けられており、安部医師だけを指弾する材料は全くなかった。エイズという病気のメカニズムも、今なら誰もが知っている非加熱製剤の危険性も当時はよく分からなかったのである。無罪で当然だったし、そもそも起訴されること自体おかしなことだったのだ。
実は、私自身、安部医師は「悪い」のだろうというイメージを強くもっていた。
安部医師が、甲高い声を発し、激高してテレビクルーに蹴りを入れたりしたテレビニュースの映像は強烈な印象を残した。安部医師は、当時、認知症が進んで感情を抑えられなかったそうだ。取材側は安部医師のリアクションが「絵になる」として挑発した面もあっただろうが。
本を読むと、この事件がマスコミ主導で安部医師糾弾へ作り上げられていった様子が分かる。それは今から見れば「異様」としか言いようがないし、ぞっとさせられる。
毎日新聞が先鞭をつけ、ジャーナリストの櫻井よし子氏がライフワークとして精力的にキャンペーンし、ほぼすべてのテレビと主要な新聞がこれに続いた。櫻井よし子氏は95年、『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で第26回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。他にも毎日新聞、NHKなども薬害エイズ関連報道で受賞している。
パレスチナチェルノブイリの報道で知られた広河隆一氏、従軍慰安婦問題の西野瑠美子氏なども安部医師糾弾の立場で本を出しており、まさに右から左までマスコミはこぞって「悪人」を探して袋叩きにしていたのである。
(つづく)