金賢姫の「北朝鮮の意思を尊重」発言2

金賢姫の「北朝鮮の意思を尊重」発言は、実は、拉致問題の解決をめぐる根本問題に関わっている。
これに、三浦小太郎さんがすぐに反応し、21日の朝8時前に「守る会」HPに論評をアップしている。的確なポイントを鋭くつきながら、同時に、運動の最前線にいる人ならではの配慮もある論評で、拉致問題を論じる上で最も重要なことは、この文章に尽きていると私は思う。
そして最後に、三浦さんは、いま運動が「大きな曲がり角に来た」という。今後の彼の論評がますます注目される。

(略)(金賢姫に関する記事の引用)

私(三浦)は以前からこの金氏訪日には批判的なことをこのホームページで書いてきました。ですから、それは今日は繰り返しません。ただ、この記事で最も重要なのはこの部分です。

「また金元死刑囚は北朝鮮との交渉について「北朝鮮の意思を尊重した上で、プライドを傷つけないよう話をしていかないと解決にはつながらない」などと考えを語った」

これはほぼ同一のことを以前も金氏は韓国で飯塚さんと対面したときに語っておりますので、実際このような内容のことを語られたのだと思います。この言葉を素直に解釈すれば、金正日と対話し(その対話の条件は一定の圧力で作るとしても)金正日に責任の及ばない形で、彼の立場も立てながら拉致問題解決を図るということでしょう。広い実での対話路線です。金正日政権打倒とか、民主化とか、人権改善とかを訴えることは、少なくとも拉致問題解決とは違うレベルの問題だということだと思います。

この点が、一番議論しなければならないことなのです。私の立場は、拉致問題を単独で解決することはむしろ難しく、広範囲な北朝鮮の人権問題の一環として、またさらに言えば独裁体制の民主化の中で解決するしかないだろうという立場です。また、それこそ田口八重子さんの問題は、金正日がいまだに認めようとしない大韓航空機爆破テロに密接に関わっているのですから、果たしてどうやったら金正日の『プライドを傷つけない』ことができるのか、ちょっと判断しがたいところがあります。この事件において金正日を免罪した形で拉致問題のみを解決するというのなら、私は個人的には犠牲者の韓国人のことを思えば受け入れがたい気持ちです。

しかし、私は金賢姫氏の言葉にも理解できるところはあります。現在、私は日本に定住する脱北者の方々と何人か接しておりますが、この方々は、私の北朝鮮に対する人権運動に、感謝してくれることはありますが、基本的にはほとんど効果の薄いものと考えておられるようです。また、かの体制の打倒や民主化などは、正直しばらくは実現しないだろうと考えておられる方が多い。そして、当分あの体制が(代替わりはあったとしても)続くとするなら、拉致問題解決は、対話に持ち込むための圧力は考えられても、基本的には外交交渉の中でしか解決できないことになります。

金氏も、同様にかの体制が経済制裁などの圧力だけで崩壊するとも民主化に向かうとも思えず、また、亡命先の韓国も、北朝鮮体制と戦う意志や自由統一を目指す人は少数派であり、しかも自分を偽の工作員呼ばわりするような北朝鮮同様の思考の人々までいることを実感した身として、対話路線しか道はないと考えたのではないでしょうか。

これは、おそらく現在の蓮池透氏、また推測するに被害者である薫氏もこれに近い考えではないかと思います。私はこのような意見を運動の側がタブー視すべきだとは思いません。むしろ、ご家族にだけこのように語るのではなく、それこそ救う会幹部の方々と金氏の間で真剣な議論があってしかるべきテーマではないでしょうか。それを、前首相の別荘に『隔離』した形であわせるだけで、このまま場所を変えても非公開で訪日が進むのならば、自由な言論や取材を認めず、情報を操作し秘密にする北朝鮮を笑えません。金氏はご家族の方のほかに、国会議員とも面会されるという一部報道もあります。表敬訪問では何の意味もありません。拉致議連ならば、しっかりとした議論をしていただきたい。

そして、今回の訪日を『被害者ご家族の求めに応じて行った』『ご家族が直接金賢姫氏に会うことは意義がある』という言い方で正当化しようとしている政治家の方々(菅首相も含む)、これは、政治家としての役割放棄であり、ご無礼を省みず言えば、ご家族の政治利用につながりかねない行動です。もちろん、救援運動の側も、ご家族への国民的同情を基盤に行動した面もあるでしょう。しかし、政府がご家族を自らの超法規的措置の正当化に使うことはあってはならないはずです。同時に、もしもご家族の希望や意志には素直に耳を傾けるとおっしゃるのでしたら、家族会から離れた蓮池氏も、当初から家族会に入会しなかった石岡氏も、そして特定失踪者ご家族の声にも一定程度耳を傾けるべきでしょう。日本に戻ってきた帰国者、日本人妻も家族を北に残していますが、この方々の苦悩は聞いてくださらないのでしょうか?

私見ですが、拉致被害者救出運動も、北朝鮮人権運動も、大きな曲がり角に来たように思えます。この事態に何ら手を打てていない自らの非力さを反省しているところです。(三浦)