やっぱり冗談好きだっためぐみさん

takase222010-07-23

金賢姫来日について、どのチャンネルでも、軽井沢のリポーターもスタジオもともに、注目すべきは「金賢姫工作員田口八重子さんについて(あるいは、めぐみさんについて)どんな新証言をするのでしょうか」の一点に集中している。
そして決まったように、スタジオでコメンテーターやキャスターが「これといった新証言は出なかったもようです。こんな形で呼ぶことに意味があったのでしょうか」と批判するパターンになっている。
金賢姫は87年の爆破テロ前に北朝鮮から離れており、日本人拉致被害者が今どこにいるかを知る立場にないから、失望に終わるに決まっている。そうなると、大金を投じ、超法規的措置までして、いわば国家事業として彼女を呼んだ意味が根本的に問われてくるのは当然である。
こうなってしまうのは、繰り返すが、政府が「拉致問題の進展のために」という枠組で呼んだからである。
黄ジャンヨプ元書記を4月に呼んだときも「拉致問題への関心を高める」のが目的とされた。彼には私もインタビューしたが、拉致問題については知らないと何度もメディアに語っていた。

無理やり「拉致」だけに落とし込もうとするから、運動のウィングが広がらない。
金賢姫であれば、自らが工作員として養成され、おそろしいテロの実行犯になった経験から、北朝鮮のテロ国家としての本性を証言させればよかった。そうすれば、例えば、「大韓航空機爆破も金賢姫なる工作員もでっちあげだ」と書く教科書で生徒を教育する朝鮮学校に公金を投入することがよいのかといった議論にも広げていけただろう。

ところで、以上のような批判とは違う次元のこととして、今回心をゆさぶられたことがいくつかあった。
その一つは、早紀江さんが会見で、めぐみさんが、ユーモアのある表現で人を笑わせていたと聞いたとうれしそうに語ったことだ。金賢姫が、めぐみさんが日本人化教育をしていた金淑姫(キムスッキ)工作員から聞いた話だという。
私の本『拉致−北朝鮮の国家犯罪』(講談社)にもいくつかエピソードを書いたが、めぐみさんは、とても明るく朗らかで、冗談を言ったりいたずらを仕掛けたりして人を笑わせるのが好きだったという。
2004年、めぐみさんが拉致されてさほど経たないときに撮られたとみられる写真が北朝鮮から提供された。そのあきらめ切ったような淋しい表情をみて、早紀江さんは思わず「めぐみちゃん、こんなところにいたのね」と写真に触って話しかけた。滋さんも、双子の弟さんたちも写真を見て泣いた。この写真は今も早紀江さんは見たくないという。何度見ても切ない写真だ。http://www.asahi.com/special/abductees/TKY200411160306.html
そのめぐみさんが、北朝鮮でも、冗談を言って周りを笑わせていたというのである。横田さんたちには大きな慰めになっただろう。
早紀江さんは金賢姫に会う前に、「小さなことでもいいから、年表をつきあわせてみたい」と言っていた。めぐみさんの北朝鮮でのエピソードを、残された家族の過ぎこした月日と照合したい、どんな小さな話のかけらでも、家族の「年表」にピースとしてはめこみたいということだろう。
拉致の残酷さをあらためて思う。同時に、生のわずかな証さえ知るすべのないたくさんの家族たちがいることを忘れてはならないと思う。