わが郷土はアルカデヤ(桃源郷)

takase222008-01-22

 私の郷里の置賜盆地は、イザベラ・バードの『日本奥地紀行』で特別な位置を占めている。「桃源郷」だというのだ。
 バードは、1831年生まれのイギリス女性で、40歳を過ぎてから本格的な旅行を始め、オーストラリア、日本、マレー半島チベット、朝鮮などを回って紀行を残している。この本は、明治11年に3ヶ月かけて行なった東京から北海道までの旅の記録だ。
 出発前には、英国公使館のアーネスト・サトウや横浜に住んでいたヘボン(ローマ字で知られた)を訪ねて、日本についての知識を勉強している。それにしてもすごい勇気である。ヨーロッパからは日本がまだ野蛮国と見られていた時代、日本人のお供(18歳の男性一人)を連れての旅とはいえ、外国女性が単独で日本の田舎を歩いていった好奇心には驚かされる。
 本のはしがきには、「私の旅行コースで、日光から北の方は、全くのいなかで、その全行程を踏破したヨーロッパ人は、これまでに一人もいなかった」と書いている。バードは、慣れない食べ物、悪路、蚤やシラミ、外国人を珍しがる見物人などの苦労をものともせずに旅を続け、各地の風物を細かく観察して記録した。
 《米沢平野は、南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である。「鋤で耕したというより鉛筆で描いたように」美しい。米、綿、とうもろこし、煙草、麻、藍、大豆、茄子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、ざくろを豊富に栽培している。実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な大地は、すべて、それを耕作している人々の所有するところのものである。彼らは、葡萄、いちじく、ざくろの木の下に住み、圧迫のない自由な暮らしをしている。これは圧政に苦しむアジアでは珍しい現象である。》
 この後にも、私の知る川や集落の名を挙げながら、
 《美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域である。》
 《どこを見渡しても豊かで美しい農村である。》
 と絶賛する文章が続く。
 彼女のように、世界各地を回ってきた旅行家から、ここまで誉められると、私を含めここを故郷とする者たちは誇らしい気持ちになる。だが、その嬉しさの後に、こんな思いがこみ上げる。
 100年少し前の、かくも輝かしい幸せが、今もここにあるのだろうか?
 実際に素晴らしかったことを知ればそれだけ、本気で何とかしようと思うものである。郷土愛は、今あるそのままを受け入れるだけではないのだ。
 このバードの本を山形県の中学の副読本とし、原文の英語を高校で学ばせれば、郷土愛を育む一助になるのではないだろうか。