報道は事実を伝えるものだという。しかし、事実を伝えるだけでは十分ではない。とくにその事実が「背景」を欠いていると、大きな誤解が生まれることがある。以下、私に個人的に縁のある事例を紹介したい。
1985年、520人という単独事故としては最大の犠牲者を出した日航ジャンボ機墜落事故、いわゆる「御巣鷹山」への墜落事故があった。事故直後、新聞で、ボイスレコーダーの記録が活字で公開され、墜落前の迷走中、機長が「どーんといこうや」と言ったと報じられた。「どーんといってみよう」というお笑い番組から流行語になっていたこともあって、不真面目だとの批判が起き、機長の家族に嫌がらせまであった。
事故15年後、ボイスレコーダーの録音テープが外部に流出し、メディアで音声そのままで公開された。その一部は以下のサイトで聞くことができる。
http://mito.cool.ne.jp/detestation/e123.swf
実際に聞いてみると、活字で読むのとは違って、息苦しいほどの臨場感だ。警報音が鳴るなか、コクピットでは必死の立て直し作業が続き、声は切実そのものだ。問題の「どーんといこうや」の直後には、「がんばれ!がんばれ!」と部下を励ます声が続いている。これが決してふざけて発せられた言葉ではないことは明らかだ。
そして同様のケースがもう一つある。
1972年、日航DC8機が、モスクワの空港での離陸に失敗し雪の中に墜落、62人が死亡するという事故があった。離陸のさい、機長が「やっこらしょ、どっこいしょ」という掛け声をかけていたことが分かって大問題になった。
ウィキペディア「日本航空シェレメーチエヴォ墜落事故」にはこうある。
「ボイスレコーダーには機長が『はいよ』、『やっこらさ』という声が記録されており、それが日航の乗務員の職務怠慢の表れではないかと言う声が挙がった。特に、この年の日航は羽田空港暴走事故、ニューデリーでの墜落事故、金浦空港暴走事故、ボンベイ誤認着陸事故と連続して重大な事故を起こしたため、非難を浴びる形となったのである」。
機長は死亡したが、その家族は轟々たる非難のなか、針のむしろだったという。実は、この機長は私の出身校、山形東高校の先輩だった。そして、その「やっこらしょ、どっこいしょ」には、特別な意味があったことを、私は最近知ったのである。
(続く)