リビア紀行―哲人政治家の門

takase222007-09-05

写真はトリポリにある「マルクス・アウレリウス凱旋門」。紀元2世紀に建設された。
リビア行き直前にガイドブックでこの門の存在を知り、ぜひ見たいと思っていた。この人を尊敬しているからだ。
ある日の午後、取材の待ち時間ができたので行ってみた。イタリア人観光客のグループがちょうどバスに乗り込んで去ったあとで、がらんとした門の下で3人の子どもたちがサッカーボールを蹴っていた。
アウレリウスはローマ帝国の5賢帝の一人で、哲人政治家として知られる。トリポリ凱旋門は、アウレリウスの戦勝を記念したもので、彼が北アフリカを訪れたことはないらしい。
アウレリウスはもともと読書と瞑想が好きなストア派の学究であったが、皇帝に推されて政治の世界に身を捧げることになる。そして平和を愛しながら、軍の先頭に立って周囲の異民族との戦いに明け暮れた。
子どもを次々に亡くすなどの悲しみを乗り越えてすぐれた統治を行った。人々から大きな尊敬を受け、彼の死後100年にわたって、多くの市民がアウレリウスを家の守護神にしていたとも言われる。この凱旋門は、彼の威光がトリポリの地にまで及んでいた名残である。
彼の思索は、岩波文庫の『自省録』で読むことができる。
「書物にたいする君の渇きは捨てるがいい。そのためにぶつぶついいながら死ぬことのないように、かえって快活に、真実に、そして心から神々に感謝しつつ死ぬことができるように」(第2章3)
「君」とは彼自身である。哲学者が政治を行うことの苦悩、そしてそれを乗り越えて気高く生きようとする意志が胸を打つ。こうして彼が自分に言いきかせる形で書かれた断片的なメモを集めたのがこの本だ。
映画「ローマ帝国の滅亡」では、ゲルマン人との戦いのために前線の砦にいるアウレリウスの姿から始まる。彼の死からローマの没落が始まるという設定である。アウレリウスの愛娘役がソフィア・ローレンで、皇帝を継いだ弟コムドゥスに、膨大な紙の束を示し、「これは父の書いたものです、これを宝として永遠に保存するように」と言って渡すシーンがある。これが『自省録』なんだな、と私は筋はそっちけで、余計なところに感慨を受けながら映画を見た。
この本の訳者にして解説を書いているのは、生涯をハンセン病患者の治療に尽くし、美智子皇后の相談役としても知られる神谷美恵子氏である。
「訳者序」に、「母親としての多忙な生活のほんのわずかな余暇をさいての仕事」だと書いてある。この本に心打たれ、是が非でも世に出したいと思って、懸命に翻訳に取り組んだのではなかろうか。
なお、哲人政治家は歴史上アウレリウス一人だと神谷氏は書いているが、これには反論したい。
実は彼に勝るとも劣らぬ人が日本にいる。聖徳太子である。聖徳太子についてはまた別の機会に触れたいが、昨今の日本の政治家の情けない姿を見ていると、いまこそ「哲人」を求めたくなる。