赤木志郎容疑者死去 「よど号」と拉致2

 先日平壌で死亡した「よど号」犯、赤木志郎容疑者は、ウェブサイトの開設・管理やSNSでの発信などの広報を担当していた。

 「よど号」グループが関与した拉致被害者の一人、有本恵子の母、嘉代子さんは赤木と電話で話したことがある。

  「よど号」の主張に共感して平壌を何度も訪れ、彼らと交流した元支援者A氏が仲介してこの電話対談が実現した。NHK取材班がこの様子を撮影しており、2003年5月31日の「よど号と拉致」(前編)で放送された。

赤木と電話で話す有本嘉代子さん(NHKの番組より)

「よど号」グループが関与したとされる拉致事件の被害者(政府認定)。左から有本恵子さん(1983年拉致)、松木薫さん(80年拉致)、石岡亨さん(80年拉致)

 NHK報道局「よど号と拉致」取材班『よど号と拉致』(日本放送出版協会、2004年)から資料として以下に紹介する。

 《嘉代子さんはよど号グループに対する怒りを一気に言葉にした。

「あの人たち(よど号グループ)と話しても、何もしゃべらないと思いますわ。革命のために北朝鮮に行ったって言うけど、実際何をやったって言うんですか。三十三年間、北朝鮮の言いなりになって、北朝鮮のために動いていただけじゃないですか。本当に、あの人たちだけは許せません。今、ピョンヤンに残っている人たちだって、自分たちの保身のために動いているだけでしょ。全然、本当のことなんか言わないんですから。それでも『自分たちがしてきたことをはっきりと言いなさい』と言ってやりたいですね。何が革命や。良い事と悪い事の区別くらい、人間だったらわかるやろう。『保身ばかりしないで、人間として本当のことを言いなさい』と言ってやりたいですね」

 彼らが何も言わないことはわかっていても、親として言いたいことは言ってやりたいという嘉代子さん。何の手がかりもないまま、ただ待つしかない日々を過ごす被害者家族の気持ちが、痛いほど伝わってきた。

 こうした経緯があって、支援者のA氏と有本さんの両親は、大阪のホテルで落ち合うことになった。その場所に、われわれ取材班も、事前に双方の許可を得た上で、同席することになった。

 この日は月曜日。平日を選んだのは、ピョンヤン市内にあるよど号グループの事務所に小西隆裕がいる可能性が高いと、A氏が考えたからだった。小西は、田宮高麿の死後、グループのリーダーとなっていた。しかも、A氏がかつてピョンヤンを訪問した時、「有本さんは北朝鮮から出た」と語っていたのも小西だった。

 A氏は、自分がピョンヤンでよど号グループから聞いた話を、まず有本さんのご両親に伝えた後、電話帳を取り出し、よど号グループの事務所に電話をかけ始めた。ビョンヤン市内の事務所には、一般の電話からも普通にかけられるという。

 電話の近くで、有本恵子さんの父親・明弘さんと母親の嘉代子さんが見守っていた。

 しかし短い呼び出し音の後、電話に出てきたのは小西ではなく赤木志郎だった。赤木はよど号グループの広報担当を務めている。(略)

「よど号」グループのウェブサイト。赤木が開設・管理していたという。赤木は左端。

赤木志郎。ウェブサイトより。

A氏 ちょっとですね、赤木さん、もしもし。

赤木 はい……。

A氏 ちょっと話をしたい人がいるんですよ。ちょっとお話、聞かせてもらえますか。

赤木 はい……。

A氏 ちょっと待ってくださいね。

 A氏から受話器を受け取ったのは、母・嘉代子さんだった。

嘉代子さん もしもし、赤木さんですね。

赤木 赤木ですが、どなたでしょうか?

嘉代子さん 有本です。有本恵子の母親です。

赤木 ケイコさんって、どのケイコさんですか?

嘉代子さん 有本恵子です。ご存じでしょ?八尾さんが連れていった。

赤木 僕の知っている有本さんというのは、別の有本さんですけど……

嘉代子さん 違います。八尾さんがね、ヨーロッパから連れて(北朝鮮に)入った有本恵子の母親です。

赤木 はいはい、はい。

嘉代子さん 恵子のこと、ご存じないですか? そちらにいると思うんですけれど。

赤木 あのね、ちょっとこれ、失礼じゃないですかね。もちろんご心配されるというのは、わかりますけれども。

嘉代子さん どの点が失礼ですか?

赤木 だって、安部(公博)なんか、その件で国際手配されてるわけでしょ。

嘉代子さん 当然じゃないですか。

赤木 何が当然というんですか。

嘉代子さん でも、うちの子供を連れて入ったんだから、向こうへ。騙して連れて入ったんですから。

赤木  誰が連れて入ったんですか。それは共和国(北朝鮮)の機関がやったんでしょ。もういいですよ。

嘉代子さん おたく、日本人ですね? おたくは日本の方ですね? 

赤木 録音してるんでしょう。これを何に利用するんですか。

嘉代子さん  何も利用しないです。とにかくね、私は恵子の消息が知りたいんです。

赤木 もちろんね、そのお気持ちはわかりますけども。

嘉代子さん  もう二十年になるんですよ。

赤木 こういうのは、僕は非常に良くないと思いますよ。

嘉代子さん どうして?

赤木 そうでしょ。あることないこと。さっきのAさんという人は、また有本さんのことなんかを私たちが(北朝鮮で)話していたとか、デタラメを言ってるでしょう。まったくのデタラメなんですよ。

嘉代子さん どのへんがデタラメですか。

赤木 私たちが恵子さんのことを知ってると、あるいは「いた」ということを言ったというのは、まったくあれは嘘ですからね。Aさんの言うことを絶対信用したらダメですよ、お母さん。

嘉代子さん どうして?

赤木 どうしてって、それは私が知ってるんですから、それは。彼が嘘を言っているというのは。そんなこと一言も言ったこともないんですから。

嘉代子さん  とにかくね、私が聞きたいのは、恵子がそちらにいるかいないかを、聞きいたいんですけれど……。
赤木 それは全然知らないですよ。(321)

嘉代子さん  どうして? 知らないこと、絶対ないと思うんですよね。

赤木 それはあなたの勝手な推測でしょ。

嘉代子さん  連れていった八尾さんがはっきりと「連れていった」と言ってるんですから。八尾さんはそれを証言したのよ。

赤木 八尾さんが連れていったとしたら、それは、共和国の機関がやったんですよ、それも。私たちの見解、知ってるでしょ。

嘉代子さん  とにかくね、法廷であの人(八尾元主)が証言したんですよ。証言したらね、八尾さん自身はマイナスになるんですよ。自分が連れていったということなんですから。それをマイナス承知で……。
赤木 マイナスになってないじゃないですか。

嘉代子さん マイナスを承知で……。
赤木  なんでマイナスになっているの。逮捕もされてないし、まったく。金儲けて、テレビへ出て、どこがマイナスになってるんですか。

嘉代子さん  だから、それを承知の上であの人が証言したということは、どちらが嘘か本当かということは、一般の方から見たらわかると思うんですよね。だから、今現在ね・・・。

赤木 そうなってるのは、私たちがマイナスになってるわけでしょ、非常に。それについて、被害を被ってるのは私たちですよ。
嘉代子さん 被害を被ったと思われますか?

赤木 思いますよ。いろんな被害を被ってますよ。

嘉代子さん そんなことを思ってたら、大きな間違いですよ。今まであなた方がしてきたことを考えれば……。
赤木 こういうやり方はやめてくださいよ。電話切りますからね。

嘉代子さん とにかく反省せねばいかんと思います。

赤木 ……。


 赤木は一方的に電話を切っていた。わずか三分足らずの会話だった。

 何でもいいから娘の消息につながる手がかりを知りたい。母・嘉代子さんの切実な思いは、よど号グループにはまったく伝わらなかった。

「自分たちが被害者だって言うてるんやから、しょうがないですわ。今までしてきたことが悪いことであるということを、全然認識しとってないわ。このものの言い方やったら、自分たちがしたこととの反省は微塵もないですね。この人たちを怒る気もしないわ。そんなん聞いたってダメだろうなとは思ったけれど、ちょっとぐらいこちらの言うことがわかるかなと、親の気持ちがわかるかなと思うたけど、それは全然ないですわね」》(P317~320)

 いま平壌に残っている「よど号」グループは、小西隆裕、魚本(安部)公博、若林盛亮の3人のハイジャック犯そして森順子(故田宮の妻)と若林(旧姓黒田)佐喜子の計5人となる。

 「よど号」グループ最年長の小西隆裕は82歳。彼らの高齢化が進んでいる。赤木志郎の死によって、また一人、真相を知る当事者が消えた。

 拉致について「よど号」グループがまだ語っていないことは多い。

「よど号」手配ポスター