世界に誇れる「山田堰」(中村哲)

 3日の「素粒子」(朝日新聞夕刊のコラム)から。

 記事中の数字に息をのむ。
 × ×
 895億円(6億ドル)も。ささやかれる大谷の移籍費。
 × ×
 性被害の補償要求が325人。「SMILE-UP.」
 × ×
 1ドルは149円80銭台。きのう、年初来の安値を更新。
 × ×
 27.23度。東京、名古屋、大阪、福岡の4都市の9月の平均気温。むろん過去最高。

 

 これらの数字がいろんな「問題」を象徴している。

 きのう、円が最安値のときに、大きな額の日本円をドルに両替した。1ドル=152円超でドルを買った。つらいが、海外に行く日が迫っているので仕方ない。去年秋にアフガニスタンに行くときも円安のピークのときで、1ドル=151円超で両替したのだった。

 それに旅行保険が高い。これは私の年齢が70歳の大台に乗ったためで、保険料は去年の2倍!。いま旅の準備中だが、今後どれだけ経費が膨らむかを考えると恐ろしい。
・・・・・・・・

 ペシャワール会カレンダーの10月。

 議論のための議論は無用。ただ実行あるのみ。―中村哲ペシャワール会報78号)

写真は2011年、カマ1堰改修工事中の中村医師。

 中村哲医師が生前書いた文章を全部読んでみたい。そう思っていたら、実は私が携わったプロジェクトに中村さんの文章が存在することに気づいた。

 私が中村さんに初めてお会いしたのは2012年のこと

 今から思うと不思議なご縁なのだが、当時私は福岡県朝倉市で「山田堰」などの歴史的農業遺産を映像作品としてまとめる仕事をしていた。アフガニスタンの暴れ川、クナール河から用水路への取水という中村さんがぶつかった難問を解決してくれたのが山田堰である。ついては、ぜひ中村さんのインタビュー映像がほしい。一時帰国中の貴重な時間をいただき、山田堰までご足労願った。堰の前に立ち、昔の日本人の自然と同居する知恵について中村さんは熱く語ってくれた。

 その映像作品は『地域を潤し350年 歴史的農業遺産を守る』という題のDVDとなった。同時にパンフレットも作られ、それに中村さんが寄稿してくれたのだった。

パンフレット

 短い文章だが、これはたぶん今後出版される『中村哲 思索と行動(下)』にも収録されないだろう。貴重なので、ここに紹介したい。

・・・・・・・・・

世界に誇れる「山田堰」 

 私たちPMS(平和医療団・日本)=ペシャワール会は、1984年(昭和59年)からアフガニスタンパキスタンで復興支援活動を続ける医療組織で、主にアフガニスタンの貧民層の診療に携わってきました。

 2000年(平成12年)以降は、戦乱に加えて旱魃に襲われ、おびただしい人々が飢饉で死にました。問題は医療以前でした。清潔な水と食べ物さえあれば、犠牲を出さなかったでしょう。そのため、飲料水を求めて井戸掘りに奔走し、6年間で1,600ヶ所に水源を得ました。

 2003年(平成15年)からは食料生産の用水を得るため、全長25.5kmのマルワリード用水路建設にも着手しましたが、「取水技術」の壁に突き当たっていました。アフガニスタンのどこでも、誰でも多少の資金と工夫で出来るものが理想です。

 解決は意外なところにありました。近世・中世日本の古い水利施設です。当然全て自然の素材を使い、手作りで作られたものです。

 福岡県朝倉市の「山田堰」との出会いは決定的でした。筑後川もクナール川も規模こそ違え、急流河川、水位差が極端な暴れ川という点で似ています。「傾斜堰床式石張堰」を調べれば調べるほど、他に方法がないと確信しました。「山田堰」をモデルに2003年3月~2010年2月までの7年間を費やし、マルワリード用水路全長25.5kmが開通、広大な荒廃地3,000haが農地となり、農民15万人が生活するまでに復興、新開地の砂漠で田植えが出来るまでになりました。

 自給自足の農業国・アフガニスタンの水欠乏と貧困は、近年の地球温暖化による取水困難が深く関係しています。現在、「山田堰方式」を隣接地域に拡大、荒れた村を次々と回復し、60万の農民、1万4,000haの農地が恩恵を受けています。

 「山田堰」が時代と場所を超え、多くの人々に恵みをもたらした不思議。朝倉の先人に、ただ感謝です。技術的に優れているだけでなく、輝くのは、自然と同居する知恵です。昔の日本人は自然を畏怖しても、制御して征服すべきものとは考えなかった。治水にしても「元来人間が立ち入れない天の聖域がある。触れたら罰が当たるけれど、触れないと生きられない」という、危うい矛盾を意識し、祈りを込めて建設に臨んだと思われます。その謙虚さの余韻を、「治水」という言葉が含んでいるような気がします。

 寛政2(1790)年、測量技術も重機も無い時代に造られた「山田堰」、自然と調和し生物と共存する「山田堰」は、紛れもなく日本が誇れる「歴史的農業遺産」です。この堰が時を超え、現代の私たちに語りかけるものは小さくありません。国内外に広く知られ、輝き続けて欲しいと心から願っています。

    中村哲 PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表