嘘の上に立つ偽りの帝国(ランズベルギス)

 きのうの映画『ミスター・ランズベルギス』について補足。

独立を宣言するランズベルギス。

 ランズベルギスがソ連に独立を迫った時に前面に押し出したのが、独ソ不可侵条約の秘密議定書だった。「独ソ不可侵条約」とは1939年8月23日にナチス・ドイツソ連の間に締結された不可侵条約で、激しく対立していたはずの2国が手を結んだことは世界を驚かせた。

不可侵条約に署名するモロトフ外相。後列右から2人目が上機嫌のスターリン。(wikipedia)

 日本は当時ノモンハン事件の最中でソ連と戦闘を行いつつ、日独同盟の締結交渉中で、平沼騏一郎首相は「複雑怪奇な新情勢」に衝撃を受け内閣は総辞職した。

 問題はこの条約と同時に、東ヨーロッパとフィンランドをドイツとソ連で分けあう秘密議定書が締結されていたことで、これにもとづいてリトアニアソ連が占領した。

 この議定書の存在を認めたくないゴルバチョフに、リトアニア側が、歴史的事実をもって、ソ連によるリトアニアの併合自体が無効だったと認めよと迫るのはこの映画の見どころの一つだ。リトアニアは科学と倫理という非暴力でソ連を圧倒していた。

 もう一つこの映画で印象に残るのは、リトアニア独立が引き金になってソ連邦解体が進んでいくが、権力の巨悪の部分が残ったままになったとサンズベルギスは指摘していること。リトアニアへの軍事介入を押し進めた勢力(最終的にはゴルバチョフがOKしたのだが)は処罰されないままだったし、ロシアで反動派の8月クーデター(91年8月)が鎮圧されてもエリツィンはその首謀者たちを徹底して処分しなかった。その勢力は今のロシアで「続いている」とランズベルギスが言う。今のプーチン体制にも根底でつながっているのではないか。これはロズニツァ監督の一貫した問題意識でもある。

8月クーデターに反対して立ち上がったロシアの市民たち。こんな時代があったなんて・・

 最後に、映画の中でのランズベルギスの印象的な語りを紹介しよう。(パンフレットで想田監督が引用していて助かった)ソ連共産主義とは何か、さらには権力とは何かの核心をついている。

ロズニツァ監督「なぜ彼らはペレストロイカを打ち出したのか?」

 これに対してランズベルギスが答える。

《そもそも彼らが望んでいたのは、いかにこのまま永遠にこの領土を支配していくか。これは人類最大の過ちの一つかもしれない。だが非常にはっきりしていた。ロシア国内、つまり当時のソ連では、最高の価値とは何かに対する権力だった。小さな人々に対する権力。第一に国土に対する権力、領土に対する権力だ。そして〈国家〉と呼ばれる組織の意味は、その領土を拡大させ、不動にすることだ。国歌などでも高らかに歌われてきた。〈不動だ〉とか〈永遠に〉とか。〈レーニンは永遠に〉〈ナンセンスが永遠に〉〈その他一切は忘れなさい〉〈その他一切〉は悪だから。もし悪に仕えるなら、頭の中だけであろうとすでに敵である。何の敵か?我々の敵だ。我々は人民だ。人民の敵だ。もし政府の指示と異なる考えなら、政府だけでなく人民の敵だ。政府は人民の名で活動しているのだから。あたかも人民であるかの特権を自らに与えたから。これは根本的な嘘だ。今も生き延びている偽りの帝国も、そんな根本的な嘘の上に立っている。》

 読むうちに世界の権力者たちの顔が浮かんでくる。
・・・・・・・・

 渋谷の「イメージフォーラム」でこの映画を観たのだが、同時上映中に『浦安魚市場のこと』があった。千葉県浦安市の1953年(私の生まれた年だ)創業の魚市場が2019年3月に閉場したのを追った映画で、監督は歌川達人さん。歌川さんは、私がプロデュースしたカンボジアの絹絣を復興した森本喜久男さんの「情熱大陸」で撮影を担当してくれたご縁がある。最近テレビを制作していた知り合いが次々に映画を監督している。テレビがどんどん面白くなくなっていることに比例する動きのように思う。こんど観に来よう。
・・・・・・・
 ゼロコロナ政策を緩めたら、またたく間に感染爆発が起きている中国だが、コロナ対策への不満に火が付いたきっかけは、新疆ウイグル自治区でのアパートの火事だった。当局の厳しい地区封鎖で、消防車が入ることができず消火活動が遅れたことが多くの犠牲者が出る事態になったという情報がSNSで広まったとされる。

 この火事によって、何年も音信のなかった家族の消息を知ったウイグル人がいる。

 以下、NHK「国際報道」より。

 トルコのイスタンブールに暮らすムハンメット・メメットアリさん(22)は、6年前からトルコに住んでいる。イスラム教の聖典コーランを読むと連行されるなどウイグルの人たちを取り巻く環境が厳しいことから、姉とともに民族的にも近いトルコに移り住んだのだ。

メメットアリさん(NHKより)

母と4人のきょうだいが亡くなったとの知らせが、6年ぶりの家族の消息となった(NHK

メメットアリさんがトルコに出たあと、父と兄が拘束された(NHK

 ところが、メメットアリさんがトルコに出たあと、父と兄が中国当局に拘束されたと知人が知らせてくれた。姉とともにトルコに渡ったことが当局に問題視されたのだろうという。

 その後、家族とは6年間まったく連絡が取れない状態が続いた。連絡をとったと当局に知られたら、家族は刑務所行きになってしまう。そこに6年ぶりに届いた家族の知らせは、母と幼い4人のきょうだいたちが死亡したという信じられないものだった。

 「消防署も病院も近かったのになぜ助けられなかったのか中国政府に釈明してほしい」とメメットアリさん。それと同時に、日本をふくめ、世界がウイグルの問題で声を上げてほしいという。

イスタンブールでの中国に対する抗議デモ(NHK


 日本のマスメディアは、最近のウクライナ問題は大きく取り上げるが、ウイグル問題は弱い。人権抑圧の程度はジェノサイドとも表現されるほどひどい。忘れることなく、ウイグルの人々と連帯しよう。