宮本常一歌集『畔人集』によせて

 テレビは一日中、武漢から広がった新型肺炎の騒ぎを大きく報じている。「正しく怖がりましょう」は分かるのだが、日本で中国人観光客がマスクを爆買いしている映像などが流れると、どうしても気持ちが騒いでしまう。
それを戒めるツイートを見た。

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オーストラリア在住のナースらしい

 《オーストラリアでは不必要に病院スタッフがマスクを着用することを規制しています。
 本日マスクを着用していた病院セキュリティガードが、マスクを外すよう注意されていたらしい。
 マスクで不必要に不安を煽るなと。
 年がら年中マスク着用の日本の医療従事者にはビックリな話でしょうね。》
 これはオーストラリア在住のナースの情報。

 次に、溶接の仕事をする人のツイート。
 《マスクを購入する方に》
 お願いがあります。
 コロナウイルス対策で購入する際、防塵マスクの購入は控えて欲しいです。
 私は溶接の仕事をしていますが、会社で防塵マスクがいま会社にあるだけしかないと言われました。
 今後確保できる見通しもありません。

 溶接の仕事は国で決めた基準を通ったマスクをしていないと《じん肺》という病気にかかる可能性があり、進行していくと肺がんになることもあります。
 現在治療法がなく予防することしかできません。
 ですが、その大事なマスクが購入できないんです。

 オークションなどでは1500円が11万円で売られているらしいんですが、お金を稼ぐための購入はやめてください。
 いつマスクがなくなるのか……不安なまま仕事をしていかなくてはなりません。

 ウイルス対策したいのはわかりますが、私たちの人生もかかってます。
 溶接だけではなく、他にも防塵マスクを必要とする仕事はあります。(略)》
https://twitter.com/33star28

 ツイートの情報が正しいとは限らないし、新型肺炎には不明なことがまだたくさんあるから、むしろ警戒を過剰にするくらいでいいという考え方もあろう。

 ただ、ここに紹介したような声はマスコミでほとんど取り上げられない。危機のときにはバランスをとる報道が大事だと思うのだが。
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 きのうは民俗学者宮本常一の没後39年、40回忌の「水仙忌」だった。1月30日に毎年、中央線西国分寺東福寺で開かれる。今年も40人ほどが集まり、宮本先生を偲んだ。

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 これだけの数のゆかりの人が集まるのもすごいが、毎回、宮本常一のお弟子さんの田村善次郎さんという86歳の民俗学者が、宮本先生の未発表の仕事を水仙忌のために自費出版して無料で配ることには頭が下がるし感動する。大変な労力と費用を要する仕事である。
 今年は宮本常一の和歌と俳句を編んだ本を配ってくださった。題して『畔人集』。畔人とは宮本先生の雅号で、「くろひと」と読むらしい。

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 「先生は地肌も白くはなかったと思いますが、人一倍出歩く人でありましたから、常に顔は黒く日焼けしていました。小学校の教員時代のニックネームは「クロンボ先生」でありました。自分でも自覚しておられて、新任の挨拶などでは「私は、前任校ではクロンボと呼ばれていました」と挨拶していたということです。それにちなんでの畔人でありましょうか。「畔人」という号は生涯、大島の百姓を自任しておられた宮本先生にふさわしいものだと私は思っていますし、好きな雅号でありますから、本書の表題として使わしていただくことにしました。」(田村さんのあとがき)
 表紙は、水仙の意匠とともに、故郷の周防大島の風景を詠んだ肉筆の歌だ。

ふるさとの海辺の村はかぐわしき みかん花さき春ゆかんとす

 また周防大島に行きたくなってくる。
 最後に載っているのが、亡くなった「府中病院」で詠んだ歌だ。今の「多摩総合医療センター」で、うちの近く。ご縁を感じる。

はるけくも来つるものかなわが道を病みて静に思いつつおり

 これまでの人生を先生は病床でどんなふうに振り返っていたのだろうか。

残り少なきいのちをおしみ臥しており 心にかかかることの多きに

 辞世の歌だという。安らかにこれでよしと亡くなっていったわけではなさそうだ。たくさん気にかかることをもったまま死ぬのもそれはそれでいいだろう。

(つづく)