NHKのスクープ記者に何が起きたのか

 オーストラリアの旅から。

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 大陸北西部ケアンズの南150㌔の田舎町、泊ったモテルのそばの海岸に「サイクロンYASI(ヤシ)」の記念碑があった。2011年2月はじめにこの地に大きな被害をもたらしたという。その1か月後に日本に大津波があったことは忘れられないと地元の人はいう。
 そのサイクロン被害の後、広大な敷地に立派な建物を備えた「サイクロンシェルター」が作られた。いざというとき、ここに避難して生活できる施設である。ちなみにサイクロンヤシではインフラや船舶、建物などに大きな被害が出たが、犠牲者は1人だけ。それでもこれだけの備えをしている。

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サイクロンシェルター。通りかかったときに車の窓から撮ったので、うまく写っていないが、この右側にも大きな建物がある

 ひるがえって日本ではどうか。311の教訓から住民避難の抜本的な対策が採られたのか。今でも豪雨などの災害では、被災者は学校の体育館にざこ寝させられているのが現状だ。
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 25日(土)。武蔵野スイングホールで相澤冬樹さんの講演会があった。森友学園の問題でスクープを連発したためにNHKから事実上追い出された記者だ。開演20分前に行ったら入り口に長蛇の列。180人の席が予約で埋まり、キャンセル待ちの当日券に並んでいるのだった。私は列の前の方だったので、ギリギリで入れたが、ジャーナリズムを考えるこうした催しにこれほど多くの人が関心を持つのかと驚き、うれしく思った。

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 4月の統一地方選挙で、「NHKから国民を守る党」という政党が、50人近い候補者を立て、なんと26人もの当選者を出した。これはあまり報じられていないが(NHKはニュースでこの党名を言えるか?)、NHKの現状に多くの人が関心を持っていることを示す。(この党にはいろいろ問題があるらしいが)https://www.j-cast.com/2019/04/22355950.html

 相澤さんの話は、私の仕事に関係することもあって、とても興味深いものだった。今のNHKがどうなっているのかを知るうえで、また森友事件とは何だったのかのまとめとしてもおもしろいと思うので、講演の一部を紹介したい。

    なお、相澤さんについては、去年10月2日のこのブログで触れた。

takase.hatenablog.jp

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 私はNHKに31年間いたが「圧力」を感じたことはなかった。ほんとうに「圧力」を感じたのは森友事件のときだ。
 その前、安保法制の反対運動が盛り上がっていた時にも「圧力」はあったようだ。次期専務理事に返り咲いた板野さん(注)が報道局長をやったときで、彼の圧力で報道がほとんどできなかったと担当者には聞いたが、自分とは関係ない部署だった。
(注:https://mainichi.jp/articles/20190408/k00/00m/040/258000c

 

 では森友事件のとき何が起きたのか。

    発端は、一昨年の2月8日に豊中市の市会議員、木村真(まこと)さんが情報公開を求める裁判を起こして会見を開いたことだった。森友学園に対して近畿財務局が売った土地の代金が公開されない。他の国有地の売買は全部公開されているのに、ここだけ公開されないのはおかしいと裁判を起こした。
 たしかにおかしいが、それだけだと大きなニュースにはならない。でも、この小学校の名誉校長が安倍昭恵さんだとわかった。首相夫人が名誉校長やってる学校の土地だけ値段が公開されない。何かある、と思わない人はいない。
 この土地だけ公開されないということと、名誉校長が安倍昭恵さんだということは間違いなく事実。それだけ書けば、そのニュースを見た人は分かる。
 まず、原稿の冒頭、リードという部分で書いた。視聴者はリードを見てそのニュースを見ようと思うわけだから、一番目立つ冒頭に書かなければならない。本文にも書いた。末尾にも木村さんの会見を引用して書いた。だから原稿には3回、安倍昭恵さんが名誉校長だというのが出てくるのだが、それが削られてしまった。
 記者が書いた原稿はデスクがチェックして、手直しして放送できる状態にする。その段階で、リードや本文にある安倍昭恵さんを消してしまった。とくに理由があるわけではなく、単に、いきなり安倍昭恵名誉校長なんて書くのはちょっと・・・という忖度(そんたく)だ。上の人から「書くな」と言われたわけではない。現場のデスクの判断で、通してしまうと自分の責任になるからと削ってしまった。ところが最後の記者会見のカギかっこに入っている「安倍昭恵さん」は残っている。
 つまり、なるべく目立たないように、リードや本文の安倍昭恵は消した。しかし、カギかっこの中の安倍昭恵は、地の文ではなく、記者会見した木村誠さんが言っていることとして出す。それを残せば、「全く放送していないわけではない」という言い訳にできる。全く放送しなかったら、隠したと言われるが、「いやいや、ちゃんとあります」と言えるという、実に上手というか、ずるいやり方で原稿になった。
 そして放送されたが、全国放送ではなく夕方の関西向けのニュースにしか出なかった。安倍昭恵名誉校長ということで、絶対に政治問題になるのだから、東京に送って全国放送にしなければダメだとずっと言っていたが、全国放送にはならなかった。私の担当デスクによると、東京に一応声をかけたのだが、東京はいらない、大阪で勝手にやってくれと言われたという。全国放送でやるとすごく目立ってしまう、関西でやるぶんには大阪の判断で、自分は知らないと言える、うまい責任逃れだ。
 「責任」といっても、出したから責任を問われるというわけではないのだが、なんとなく、こういうものに関わりたくないという「空気」が働いたということだ。ただ、これは上から具体的に圧力があったという話ではないので、まさに忖度レベルの話なのだが、次に起きたことが、いよいよ「圧力」の話になってくる。
(つづく)