何かになれなくても生きる意味がある


 写真は,ノゲイトウ。蝶(たぶんキタテハ)が花に止まっていた。(東京薬用植物園で撮影)
・・・・・・・・・・・・・・・
 自民党総裁選最終盤、民放のニュース番組で一斉に安倍氏と石破氏の討論が行われたが、どの番組でも安倍首相はひどかった。
 TBSでは、キャスターに「利害関係者と頻繁にゴルフをするのは好ましくないのでは?」と尋ねられたのに対して、
安倍首相「ゴルフに偏見を持っておられると思います。ゴルフはオリンピックの種目にもなっていますから」とムチャクチャな答え。
 内田樹氏がこんなツイートをしていた。
《安倍石破のテレビ討論がTLを賑わしています。横からアシストしてくれる人がいない、原稿がないという状況だと支離滅裂なことを言い出す人物がわが国の総理大臣であるという痛ましい現実を満天下にさらしたことはやはり「テレビの功績」と言うべきでしょう。》
http://twitter.com/levinassien/status/1041844502216900608
 たしかに話すときの表情も含め、動画は繕えない人物像を映し出す。
 「一連のテレビ討論によって、党員票は変化するでしょう」と解説した番組があったが、党員票はすでに郵送した人が多く、あまり影響しないだろう。討論が遅すぎた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
 樹木希林さんが亡くなった。あらためて、おもしろい人だったなとテレビのワイドショーを観て思う。こんな生き方もあるのだということを見せて、人々を勇気づけた。
 また、彼女が残した言葉の数々に多くの人が感銘を受けている。
 1981年に夫の内田裕也が「彼女との共同生活は俺にとってヘビーだ」と言って離婚しようとしたのをあくまで認めなかった樹木希林、こういった。
「やっとここから、やっとここから本当の夫婦に向かって歩いていくんだなと思います」
「夫婦の縁って今は簡単に切れるんですよね。すごく簡単に切れるんだけど、私の場合、目的が人間としての成熟だから。だから、それはいいんですよ」別所哲也とのトーク)。   
 ほう、「目的が人間としての成熟」か。いいね。どこかがすぐに樹木希林名言集を出してベストセラーになるのでは。

 私はまだ観ていないのだが『あん』という映画で、樹木希林がこういうシーンがあるとテレビで紹介されていた。
 「私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。
だとすれば、何かになれなくても、私たちは、私たちには、生きる意味があるのよ」
 ドリアン助川の原作にあるのか、河瀬直美の脚本によるのか分からないが、苦労して生きたハンセン病の女性、徳江を演じた樹木希林の口から発せられたこの言葉がよかった。

 これは、先日紹介した渡辺京二の言葉に通じる。
 「人間は、この全宇宙、全自然存在、そういうものを含めて、その美しさ、あるいはその崇高さというものに感動する。人間がいなけりゃ、美しく咲いてる花も誰も美しいと見るものがいないじゃないか。だから自然が自分自身を認識して感動するために、人間を創り出したんだ。
 そう思ったら、この世に存在意義がない人間なんか一人もいないわけ。(略)ごく平凡な人間として一生を終わって、それで生まれてきたかいは十分にあるわけです。」
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20180830

 そして私の師である岡野守也はこの考え方をさらに深めて、こう言っている。
 《人間が宇宙を認識するということは、宇宙の一部が宇宙を認識しているということです。
 それはつまり、宇宙が人間の意識を通じて自分を認識しているということになります。
 だとすれば、さらにいうと、「人間は宇宙の自己認識器官だ」ということにもなります。
 もしかすると、人間は、宇宙が「そうか!私は宇宙だったんだ!」と自己確認・自覚するために、宇宙自身の内部に創造したものなのかもしれません。
 (略)
 その後で、「ところで、人間の心がしているいちばん価値あることは何だろう? 認識することだろうか? いや、それよりも、美しいものやすばらしいものに驚き、感動している時がいちばん価値あることをしていると言えるのではないか?」と思うようになりました。
 そういう視点から見ると、人間・私が何かに感動しているということは、感動している私もその何かも宇宙の一部ですから、宇宙のある一部が宇宙の他の一部に感動している、ということになります。
 つづめて言えば、「宇宙が宇宙に感動している」わけですね。
 だとしたら、もしかすると、宇宙は単純に一つの宇宙のままだと自分で自分を見て感動することができないので、自分の中にあたかも自分でないかのような部分を創って、自分で自分を見て感動することができるようにした、と考えることもできるのではないでしょうか?
 「心をもった存在・人間は、宇宙の自己感動器官である」と言っていい、と私は思うのですが、いかがでしょうか?
 さらにブッダなどのことまで考えると、「人間は宇宙の自己覚醒器官になるために意識進化の途上にある存在である」とも言えそうです。》
https://blog.goo.ne.jp/smgrh1992/e/b4a4439afbccf798802c632deb63727d
 私が生きるベースにしているのは、この哲学なのだが、心の底から元気になれる。ご関心があれば「伝えたい!いのちの意味 岡野守也の公開授業+α」のサイトをのぞいてみてください。