「もっと大事なこと」はない

 夜、帰宅の途中、霧雨に降られる。
 もう4月(卯月)の後半、「穀雨」(こくう)だ。降る雨は百穀を潤す。種まきの時期、雨は天からの贈り物。大事な雨である。
 20日からが初候「葭始生」(あし、はじめてしょうず)。25日から次候「霜止出苗」(しもやみてなえいずる)。30日からが末候の「牡丹華」(ぼたん、はなさく)となる。
 穀雨の次はいよいよ「立夏」だ。はやいな。
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 ヒメジョオンの花が咲き始めた。
 幕末にアメリカから観葉植物として入ってきたものだという。「柳葉姫菊(やなぎばひめぎく)」と呼ばれたそうで、舶来のハイカラな植物だったのだろう。
 雑草とみなされて、かわいそうだなと思っていたら、このヒメジョオン、「日本の侵略的外来種ワースト100」に選ばれていた。ものすごい繁殖力をもち、日本に上陸して150年ほどで、今や亜高山帯にも進出しているそうだ。かみさんはヒメジョオンを見かけたら引っこ抜くという。
 こういう情報を知ってから見ると、単純に可憐だな、などと思えなくなる。やはり、これも引っこ抜くべきか。
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 安倍内閣の支持率は、ANNなどメディアによっては20%台のところも出てきた。ところが、連続する不祥事を問題視すると、もっと大きな、もっと大事な問題があるだろうとの声が出て来る。これに関して、そのとおり!と声をかけたくなるコラムをきょうは紹介したい。

 「もっと大事なこと」はない
  森友学園、加計(かけ)学園を巡る新事実が次々と発覚し、国会では安倍晋三政権に対する野党の追及が続いている。安倍政権の復活以降、最も深刻な危機といえる。
 そうした中で、一部メディアからは「いつまで森友、加計ばかりやっている。北朝鮮の脅威を議論しなくていいのか」という声が上がり始めた。麻生太郎財務相も、報道が疑惑追及に偏り、環太平洋連携協定(TPP)に関する記事が少ないと新聞批判を展開した。
 「もっと大事なことがあるだろう」という論法は一見、説得力がありそうだ。北朝鮮など持ち出されると、何となくうなずいてしまいそうになる。しかし本当にそれは「もっと大事なこと」なのだろうか。
 今日はそこを考えたい。
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 論語に「信なくば立たず」という言葉がある。
 「為政者に対する信頼が失われれば、政治は成り立たない」と解釈するのが一般的だ。日本の政治家が好んで引用する言葉で、安倍首相自身も記者会見などで連発している。
 実はこの言葉には前段がある。現代語訳で簡単に紹介する。
 孔子の弟子の子貢(しこう)が政治で大事なことを聞いた。孔子は答えた。「食を十分にして兵を十分にして、民衆に為政者を信頼させることだ」。子貢が問う。「その三つのうち、一つ捨てるならどれを捨てますか」。孔子は言う。「兵を捨てる」
 子貢はさらに問う。「残る二つのうち、どうしても一つ捨てなければならないなら、どちらを捨てますか」。孔子はこう答える。「食を捨てる。昔から誰にでも死はある。為政者が信頼を失えば民衆はやっていけない(信なくば立たず)」
 孔子は偉大な思想家だが、乱世で小国の運営に携わった政治家でもあった。リアリストの顔を持つ孔子が、明確に「兵より食より、信が一番大事だ」と言っている点に注目したい。
 「兵」は今で言えば安全保障だろう。まさに北朝鮮問題である。「食」は経済政策に当たるかもしれない。TPPもその一つだ。
 論語が全て正しいわけではない」との反論もあるだろう。もっともだ。しかし安倍首相が「信なくば立たず」を引用する以上は、本来の意味を踏まえ、兵より食より「信」の論議を最優先してほしいものだ。
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 ここからは私なりに考えを巡らせてみる。
 政治家は時として、国民の痛みを伴う政治決断をする局面に立たされる。例えば増税。例えば福祉の削減。そして最大の痛みは、最悪で武力衝突を伴う「兵」だろう。将来のために今の痛みを我慢してください、と為政者は国民に呼び掛けなければならない。
 しかし、もし為政者が「自分やその仲間が得をするため『ズル』をする人だ」と思われていたら、国民はその呼び掛けに耳を傾けるだろうか。政治家は国民に痛みを求める一瞬のために「信頼に足る人間であること」を求められるのだ。
 国会で論議されている森友、加計問題の本質は「為政者やその仲間がズルをしたか、しなかったか」である。そこをはっきりさせないまま「北朝鮮の脅威」を論じてもむなしい。
 「もっと大事なこと」などないのだ。
 今回は、少し熱くなりました。
 (論説副委員長)

=2018/04/22付 西日本新聞朝刊=
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/reading_oblique/article/410536/