一匹の蝶としてはばたけ―ウォーラーステイン


今朝の朝日新聞朝刊に載ったイマニュエル・ウォーラーステインのインタビュー「トランプ大統領と世界」を興味深く読んだ。
ウォーラーステインを知ったのは、尊敬する思想家の渡辺京二が近代文明を論じるとき、資本主義分析を彼の学説に依拠していたからだった。彼の『史的システムとしての資本主義』(岩波書店)という本を読んだことがあるが、私の教養程度では「すごい人」としか表現できないので、記事の紹介を引用すると、「『近代システム論』を唱え、現代世界の構造的問題を百年単位の時間軸で分析した社会学の泰斗」である。
大きな視野から今後の大変動を予測し、長いスパンで将来の世界を語っていてひきこまれた。

抜粋して紹介したい。
まず、選挙の結果について;
「個人的には、結果を聞いて驚き失望しました。一方で、分析的な視点に立つと、この選挙の影響については一言で表現できます。米国内には大きなインパクトがありますが、世界にはほとんどないでしょう」
共和党は大統領職を得たうえに議会でも過半数を占め、最高裁でも多数派を握れる状況です。彼らはその権力を使い、多くのことをするに違いありません」「しかし、世界に目を向けると、トランプ大統領の誕生は決して大きな意味を持ちません」
「米国が思いのままに世界を動かせたのは、1945年からせいぜい1970年ぐらいまでの間に過ぎず」「今の米国は巨大な力を持ってはいても、胸をたたいて騒ぐことしかできないゴリラのような存在なのです」

ついで、世界の構造的な危機について;
「私は、世界の資本主義システムが構造的な危機を迎えていると考えています。こうした危機の時は予想外の動きが起こりやすい。米国はその混乱を止める手段をほとんど持ち合わせていません。ドルはまだ世界の基軸通貨ですが、価値は30年前から下がっている。巨大な軍事力もありますが、国内のマイナス面が強すぎて、実際に行使するのは難しい」
「世界経済が芳しくなく、多くの人々が苦しんでいるのは間違いありません。苦しい状況を生み出した『仮想敵』を攻撃することで、『国を再び良くする』と約束する政治集団は各国にたくさん存在し、今後も増えるでしょう。ただ、それぞれの国で、必ずしも多数派の人が賛同しているわけではないのも事実です」

"font-size:xx-large;">問:グローバル化の影響が表れているのではないですか
「私はグローバリゼーションという言葉に懐疑的です。物と人と資本がより簡単に行き来するために障壁をなくす、という状態を指しているのであれば、それは500年前から続いてきたことです。流れによって利益を得る時は皆が開放的になりますが、下向きになると保護主義的になるという循環が繰り返されてきました。最近は、この上向きのサイクルのことをグローバリゼーションと呼んでいますが、すでにスローガンとしての価値はなくなりつつある」「実際にTPPやNAFTA(北米自由貿易協定)など、グローバリゼーションの成果とされていた構造は崩れています。TPPは今回の選挙結果で終わりを迎えるでしょう。さらにこうした協定は、実は開放的ではありません。当事者間では障壁をなくしますが、参加していない国との壁は逆に高くなる。むしろ、保護主義的な仕組みだととらえています」

問:「近代世界システム」は衰退していくのでしょうか。
「現在の近代世界システムは構造的な危機にあります。はっきりしていることは、現行のシステムを今後も長期にわたって続けることはできず、全く新しいシステムに向かう分岐点に私たちはいる、ということです」

問:現在のシステムの後に来るのは、どんな世界でしょう。
「新しいシステムがどんなものになるか、私たちは知るすべを持ちません。国家と国家間関係からなる現在のような姿になるかどうかすら、分からない。現在の近代世界システムが生まれる以前には、そんなものは存在していなかったのですから」「搾取がはびこる階層社会的な負の資本主義にもなり得るし、過去に存在しなかったような平等で民主主義的な世界システムができる可能性もある」

問:楽観的になって、良い方の未来が来ると思いたいですが。
「ですから、それは本質的に予測不可能なのです。無数の人々の無数の活動を計算して将来を見通す方法は存在しません」「一方で、バタフライ効果という言葉があります。世界のどこかでチョウが羽ばたくと、地球の反対側で気候に影響を与えるという理論です。それと同じで、どんなに小さな行動も未来に影響を与えることができます。私たちはみんな、小さなチョウなのだと考えましょう。つまり、誰もが未来を変える力を持つのです。良い未来になるか、悪い未来になるかは五分五分だと思います。これは楽観的でしょうか、それとも悲観的でしょうか」

問:では、米国の大統領になるトランプ氏も一匹のチョウに過ぎないということでしょうか。
「その通りです。大切なのは、決して諦めないことです。諦めてしまえば、負の未来が勝つでしょう。民主的で平等なシステムを願うならば、どんなに不透明な社会状況が続くとしても、あなたは絶えず、前向きに未来を求め続けなければいけません」
(聞き手・真鍋弘樹、中井大助)

良き未来をめざし、一匹の蝶として羽ばたけ。
勇気づけられるメッセージである。