人質事件検証で浮かび上がる政府の無策ぶり

イスラム国」日本人人質事件の検証が進むにつれ、日本政府の対応がいかにおそまつであったかがますます明らかになっている。
安倍内閣は、だから、検証をやりたくないんだな。

以下は、今朝の朝日新聞の検証記事から。

 「夫を拘束した」。昨年11月下旬、フリージャーナリスト後藤健二さんの妻のもとに英語で書かれたメールが届いた。後藤さんが10月下旬にシリアで行方不明になり、約1カ月後のことだった。だが、このメールは差出人が定かではなかったことから自動的に「迷惑メール」に分類され、妻の目には留まらなかった。

 12月3日、2通目のメールが届く。これも迷惑メール行きとなったが、今度は妻は開封した。そこには「前にもメールを送った」とのメッセージが書かれていた。このとき未開封だった1通目のメールにも目を通し、後藤さんが何者かに拘束されたとみて、妻は外務省に連絡を入れた。

 複数の関係者によると、日本政府はこんな経緯で後藤さんが何者かに拘束された可能性を把握した。政府は直ちにメールを分析。妻は後藤さんの知人だった豪州在住の危機管理コンサルタントに相談し、後藤さんの解放に向けて犯行グループとメールのやり取りを始めた。この時、政府の方針は「テロリストと直接交渉はしない」「身代金要求には応じない」というもので、妻やコンサルタントにも伝えられた。

 妻はメールの送り主に後藤さん本人しか知り得ない質問を送った。正確な回答が返信され、犯行グループが本当に後藤さんを拘束していることがわかった。菅義偉官房長官は国会答弁などで「(後藤さんの)夫人と犯人側とのやりとりの中で、後藤さんが確かに拘束されているという心証を持ったのが12月19日」と述べている。

 今年1月初め、「1500万ユーロ(約20億円)」の身代金を要求するメールが届いた。犯行グループは一連のメールのやりとりの中で、過去にISに拘束された人質が解放されたケースに関する情報も示してきた。そこには、ISが得たとみられる身代金額も記されていた。政府がつかんでいる金額などと異なる例もあったが、首相官邸の関係者は「このころには、後藤さんを拘束したのはISだと考えていた」と明かす。妻はコンサルタントと協議しながら、犯行グループと身代金などをめぐる交渉に入った。
 首相官邸の幹部は「このころ、ISが求めていたのはあくまでも金だった。交渉で何とかなるのではないかということで、後藤さんの家族が対応していた。政府は当事者ではなかった」と当時の状況を振り返る。

 同じ頃、安倍晋三首相の中東訪問の準備も進んでいた。エジプト、ヨルダン、イスラエルパレスチナを訪ね、ISと最前線で向き合う訪問国への支援と、中東和平交渉の再開を呼びかけるのが狙いだった。

 1月16日、首相は日本を発つ前に羽田空港で記者団に「日本は中東とともに寛容な共生社会をつくっていく、そうしたメッセージを世界に向けて発信していきたい」と語った。

 翌17日、首相はエジプト・カイロの演説で訴えた。「ISIL(ISの別称)と闘う周辺各国に、総額で2億ドル(約236億円)程度、支援を約束する」

 首相のスピーチ内容は事前に外務省が原案を起草し、官邸で細部まで調整したものだった。最終的な詰めの協議には、上村司中東アフリカ局長ら外務省幹部、首相の外交ブレーンを務める谷口智彦・内閣官房参与が携わったとされる。

 政府関係者は、首相スピーチの作成経緯について「ISを過剰に刺激する内容は控えるべきだという議論はあったが、『ISILと闘う』という部分が問題になるという意識はなかった」と語る。

 1月20日、ISは湯川遥菜(はるな)さんと後藤さんの2人の殺害を予告する映像をインターネット上に公開した。首相のカイロ演説を「ISと闘うために2億ドルを支払うという馬鹿げた決定をした」とし、2億ドルの身代金を要求。首相はエルサレムで記者会見し「許し難いテロ行為で、強い憤りを覚える」と非難した。

 政府が後藤さんの妻に本格的に対応するようになったのは1月20日、邦人2人を殺害すると脅迫したISによる映像の公開後だった。外務省の三好真理領事局長が妻の滞在先周辺に車を止め、車内で話を重ねた。政府関係者によると、安倍首相もひそかに妻と面会したという。

 一方、妻はコンサルタントへの相談も続け、IS側と身代金などをめぐるメールのやり取りを続けた。また、英ロンドンに本部を置くフリージャーナリスト支援団体「ロリー・ペック財団」(ティナ・カー代表)とも後藤さんが行方不明になった直後から連絡を取り続けた。カー代表が後藤さんと面識があったためだ。

 29日、妻は肉声で早期解放を訴える声明を発表した。録音は同日、ロンドンにある同財団の会議室と日本にいる妻とをスカイプで結んで行われた。当初、妻は肉声がひとたび発表されればメディア取材が殺到し、2人の幼い娘を守れなくなるとためらっていた。だが、カー氏らが「肉声で読み上げた方が多くの人に健二氏の身に起きたことに関心を持ってもらえ、メッセージがより強く伝わる。取材からは我々が守る」と説得したという。

 官邸関係者は「後藤夫人が発信した声明やメールの内容は、事前には把握していなかった」と明かす。菅官房長官は国会答弁で「夫人の気持ちに寄り添いながら」と政府の対応を説明した。一方で、こんな見方を口にする政権関係者もいる。「寄り添ったのか、私はそうは思わない。特に、最初の映像が公開された1月20日以前の対応は……」
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 この記事で興味深いのは、まず、政府が、後藤さんを捕えているのがIS(イスラム国)だと知ったのは、当初政府が言っていた「1月20日になってから」ではなく、実は「1月初め」だったことが判明したことだ。
 それを知ったうえで、二人の殺害のきっかけとなったと推測される、あの「2億ドル」演説をしたのだ。「知らなかった」という言い訳は通らない。
 私は、あまりにも人命を軽視した、そしてIS(イスラム国)をめぐる情勢にあまりに無頓着な判断として厳しく批判されるべきと思う。

 つぎに、犯行グループとの交渉は最後まで妻まかせだったことがはっきりした。
 記事によると《1月20日以前、犯行グループからの要求は日本政府ではなく後藤さんの妻に向けられていた。このため政府は表には出ず、「身代金の要求に政府は応じられない」とする基本方針を妻に伝えた》という。
 国際テロ組織との交渉を、被害者の家族任せにする政府がどこにあるのか。「人命第一」が聞いてあきれる。はじめから助ける気がないとしか思えない。


 後藤さんばかりが取りざたされるが、8月に拘束された湯川さんの場合ははじめから犯行グループがIS(イスラム国)であることが明白だった。こちらは家族への連絡がなかったようだ。だから政府は「対策室」を設けただけで、5か月もの間、何もせずに放っておいた。

 首相はじめ政府要人は「テロリストと交渉しない」と偉そうに言うが、テロとの闘いで首相がお手本にしているらしいアメリカやイスラエルなど、テロ組織との人質交換を当然のようにやっている。
 表向きのアピールと「裏」の工作を同時にやるのは常識だろう。
 北朝鮮による拉致被害者奪還にしても、「見返りを与えない」と言いつつ「裏」交渉でまとめるしかない。
 本当に交渉自体をやらないというのは、無策と同義だ。
 「人質を見殺しにした」という表現を使っていいと思うが、その「無策」が、能力のなさによるものか、それともやる気のなさによるものか、このあたりもしっかり追及されるべきだ。
(つづく)