フリーランスが戦場に行くとき

山本美香さんが亡くなってから、雑誌から「戦場ジャーナリスト」とは何かという電話取材を受けている。
いろんなことをしゃべるうち、思い出したことなどを書いてみたい。
まず、フリーのジャーナリストたちが、戦場からテレビでレポートするようになったのは90年代からだ。
91年の雲仙普賢岳噴火のさい、報道関係者16名を含む43名の死者・行方不明者が火砕流事故で亡くなった。これが大きな転機になって、テレビ局など大手メディアは、危険地の取材に社員を出さなくなった。
海外の危険地といえば、戦場や紛争地などだが、チェルノブイリなども危険地にみなされる場合がある。国内にも「危険地」はあり、去年の原発事故では原発から「朝日新聞が50km、時事通信が60km、NHKが40km」と内規に従って、その外に社員を避難させた。
https://blog.goo.ne.jp/papillo/e/85592e49b6a76f87cc47cc651d370384

以前、南相馬市桜井勝延市長から日本のマスコミへの不信をぶつけられたことを書いた。
《(外国のメディアからはたくさん私に取材にきたのに)日本のマスコミは何ですか。まず、いち早く支局が逃げたんです。そうして、ある社は原発から50km、ある社は60kmと決めてそれより中には記者が入らないという。だから私のところには取材に来ないわけです。フリーランスは来ましたけど、名のある大マスコミは来ない。外国の記者がどんどん入っているのにですよ。日本のマスコミは意気地なしです。彼らに何が分かるんですか》
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20111013
大手メディアの社員の「安全」への配慮は、一般人には理解不能なまでになっている。
そこで、アフガンやイラクの戦争では、フリーランスが大活躍し、現地レポートを担った。遠藤正雄綿井健陽橋田信介、佐藤和孝、近藤晶一、久保田弘信、遠藤盛章、山路徹などのフリー(または独立系)が戦場からのレポートを伝えていた。私の会社もアフガン戦争勃発とともに3人をカザフスタン経由でアフガンに投入、テレビ局2局に立ちレポを送った。
イラク戦争だったと思うが、あるとき、テレビで、見慣れない男が、やけにゆるい調子のレポートをしていた。「何てヘタなレポートなんだ」と印象に残って、渡部陽一という名前を憶えた。2年前、大ブレイクして「戦場カメラマン」という言葉を子どもにまで浸透させたあの渡部君である。
現場にフリーの数が増えると、1回あたりの立ちレポ報酬額が下ったりする。そこにも需要と供給の原則が働いていた。
あまりテレビの仕事はしないが、ベテランの戦場ジャーナリストといえば、加藤健二郎は忘れてはなるまい。『戦場のハローワーク』などという本まで書き、どうやって計算するのか、戦場カメラマンはならして「時給1700円」だそうだ。戦争へのこだわりは余人を寄せ付けないが、今はもっぱらバグパイプをひいている。うちの忘年会にも来てくれた。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20111228
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マスコミがフリーを使い捨てにしていると批判されるのだが、実は、テレビ局が事前にフリーに取材を「発注」することはない。事前に発注して、何かあったら、依頼したテレビ局は「責任」を問われるからだ。たまたま現地にフリーがいたので、レポートをしてもらっただけだというスタンスである。あくまでフリーが勝手に判断して自己責任で動いているという建前だ。
むろん、そういうフリーもいるが、実際には、フリーまたは独立系メディアとテレビ局との間で、「現地入りしたら放送する」という内々の約束がある場合も多い。これは、あくまで口約束で文書にはならない。
公正取引委員会は、「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」でテレビ業界を独占禁止法の適用対象とし、番組企画を発注する場合、テレビ局は文書による契約書を作成するようくり返し指導してきた。
発注した後で約束を覆したり、制作費を後になって値引きしたりしないようにするためだ。
だから口頭での発注は「指針」に反する。
形の上では、フリーまたは独立系メディアは、独自の判断で危険地に取材に行くことを決めたわけであり、テレビ局はその決定には関知しないし、したがって、トラブルが起きても責任をとる立場にない。
これは、テレビ局とフリーの歪んだ関係だと批判されて当然なのだが、現状では、「必要悪」という面もある。テレビ局のやる気のあるプロデューサーが危険地取材の禁止という規制を潜り抜け、フリーや制作会社が危険地行きを可能にするほぼ唯一の方法なのだ。
例えば、私の場合、小なりといえども株式会社を経営する身としては、放送される保証がなければ、動くのは難しい。結果としてお金にならない可能性があるのに、危険地に独自にスタッフを送って取材するリスクをとるのは無理である。
文書にはなっていなくても、放送と収入が約束される口約束は、まさに「あうん」の呼吸。私自身、何度も当事者として経験している。
ただ、実際に事故が起きる場合があり、このときはフリーや制作会社が泣き寝入りすることになる。かつて橋田信介さんなど、危険地で死傷した人たちのケースを思い起こす。
山本美香さんと佐藤和孝さんは、「日本テレビ専属」で仕事をしているという点で、他のフリーや独立系通信社と立場がかなり違っている。また、先日ブログで紹介したように、事前にテレビ局が保険に入っているとすると、局がシリア行きを「発注」していたとみなされる根拠になるだろう。さらに、事前に旅費など取材費の一部が先払いされていれば、局の責任は明確に問われることになるだろう。
今回の事故はどう処理されるのだろうか。
心配なのは、山本美香さんの死がクローズアップされることで、テレビ局や大手マスコミがいっそう臆病になって、フリーの危険地取材も激減するのではないかということだ。
テレビ局は、根本的に発想を変えるべきだと私は思う。
危険地の取材は「志願制」にし、部下の事故で上司に「責任」を問う慣行をやめる。フリーや制作会社への発注にあたっては、事故が起きた場合の処理方法をビジネスライクに取り決めて契約する。
取材における犠牲を絶対に出してはならないという前提をとっぱらい、どんなに注意しても事故は起きるものと割り切る必要があると思うのだ。