神社で止まる津波12-神道から脱原発

takase222011-09-05

きょうの朝日歌壇に、また松田姉妹の歌が選ばれていた。
夏休み長いねと言う大人たち短いと思う夏はあといくつ   (松田梨子)
宿題はあと日記だけばあちゃんと並んで座るサンダーバード   (松田わこ)

おばあちゃんと特急サンダーバードに乗って、大阪にでも行ったのだろうか。
さて、神社と津波などの災害との関係について書いてきたが、祭りにも災害との強いかかわりを持つものがあるようだ。
たとえば、宮古島の「ナーパイ」というお祭り。(09年の琉球新報より)
宮古島市城辺砂川や友利の両集落などが共同で豊年や津波よけなどを願う伝統祭祀「ナーパイ」が3月29日、行われた。両集落や上野新里の住民らが参加し御嶽で踊りをささげ、竹の一種で「ダティフ」と呼ばれる棒を決められた場所へ立てるなどし集落の安寧を祈願した。(略)
 住民らは早朝から砂川の上比屋山(ウイピャーヤマ)へ集合。女性たち約10人余はウイピャーヤマの祭祀(さいし)小屋で手を合わせた後、上野新里の海浜近くまで歩き、途中で決められた計7カ所へ手にしたダティフを各自が1本ずつ地面へ刺した。
 新里の海浜近く到着した女性たちは岩の下にある拝所へ供え物をした後、「ガーラバー」と呼ばれる広場で円になって歌いながら上着のすそを持ち上げて豊饒を受け取るしぐさなどで踊った。
 一方、ウイピャーヤマに残った男性たちは女性たちが出発した後、祭祀小屋の前に集まって神歌を歌いながら船こぎの模倣儀礼をささげた。
 参加した砂川エミ子さん(79)は「ナーパイをすることで安心感がある。これからも子や孫たちへ伝えていかないといけない」と語った。》(写真)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-142571-storytopic-5.html
「ダティフ」が立てられる場所は決まっているという。かつての浸水線だったりして・・。
また、先日、「新潟県内の裸祭は地震と水害等の防災訓練〜居住空間の防災計画に関する民俗学的研究―?」という論文を読んだ。書いたのは、新潟工科大学の深沢大輔教授。
論文は、浦佐の裸押合祭り、栃堀の裸押合大祭、赤谷のどんづき祭り、京ヶ瀬村の裸詣り、犬伏の裸祭りを取り上げ、これらの祭りが、構造線と活断層の近くに見られるとの驚くべき指摘をしている。
また、裸祭りでは、極寒の冬であっても、男たちが水で身を清める水垢離を行なうが、雪崩や水害への防災の意味があったのではないかと推測している。ただ、短い論文で、説得力はいま一つだが。
村人が一同に会し、山車を担いでねり歩き、みなで会食するお祭りに、防災訓練の意味がこめられていた可能性は十分にあると思う。
ところで、大震災後、神社本庁も神社と災害の関係を意識しているようだ。
5月31日、神社本庁は「自然災害と復興―先人の叡智に学ぶ」というセミナーを開いた。宗教専門紙『中外日報』6月9日号によれば、岡田荘司国学院大学教授は「天災と祭り」と題する講話を行った。
《岡田教授は、(略)古代では自然災害とは神の怒り・祟りと考えられており、神は「地域を守護する神」であるとともに「祟り神」としての性格を持つ両義的存在だったことを解説した》
きのうの私の解釈は、大きくははずれていないように思える。
貞観地震などの災害を例に挙げ、古代には災害を鎮めたり未然に防ぐ祭祀が行なわれていたことを説明。(略)「古代の神道に目を向けることで、災害を組み込んだ神道観の再認識が必要。現代に生かせる方法はないか模索していかねば」と論じた》
「災害を組み込んだ神道」という表現が秀逸である。
神社本庁の田中恆清総長も講話を行い、《神社を中心とした地域の復興を訴えた。「伝承の中に災害の情報を伝えているところがある」として、あらためて神社の伝承に注目すべきだと論じた》
このあと対談が行なわれ、原発問題が論じられたという。
岡田教授は、《「大祓詞(おおはらえのことば)に示されているように、神の世界ではやり直しを認めている。しかし原発はやり直しがきかない。将来的には(原発を)減らしていくしかない」(略)太陽光や地熱発電に切り替えていく可能性にも言及した》
神社本庁の集会で、温故から脱原発が論じられるとは・・・
(つづく)