原発事故とコスト6−隠された事故試算

アメリカが原発事故のシミュレーション「大型原子力発電所の大事故の理論的可能性と影響」を57年3月に公表したあと、9月には事故時の損害賠償制度(プライス・アンダーソン法)が成立、57年12月18日のシッピングポート原子力発電所(電気出力6万kW)の運転開始を迎えた。
《日本でも、日本原子力産業会議が科学技術庁の委託を受け、WASH-740を真似て、日本で原子力発電所の大事故が起きた場合の損害評価の試算を行いました。その結果は、1960年に「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試算」としてまとめられましたが、その結果がWASH-740と同様に破局的なものであったため秘密扱いとされてしまいました。それでも、電力会社を原子力開発に引き込むためには、どうしても法的な保護を与えねばならず、大事故時には国家が援助する旨の原子力損害賠償法を1961年に制定したのでした》(小出裕章『隠される原子力』より)
その「試算」には、どんなことが書いてあったのか。
章立てを見ると本格的な試算であることが分かる。
ま え が き
第 1 章 公衆損害を伴う大型原子炉事故の可能性
第 2 章 損害試算の基本的考え方と仮定
第 3 章 試算結果とその評価

附録 A 事故の種類と規模
附録 B 想定する原子炉設置点と周辺の状況
附録 C 煙霧の拡散、沈下
附録 D 放出放射能の人体及び土地使用に及ぼす影響
附録 E 放出放射能の農漁業への影響
附録 F 物的、人的損害額の試算基礎
附録 G 大型原子炉から生じうる人的物的の公衆損害の試算結果
モデルにしたのは原発の建設候補地だった東海村だった。
東海村および若干の大型原子炉候補地の周辺状況を検討した結果、ここでは電力需要の中心地である大都市からおよそ 100Km ないし 150km 離れ、かつ海岸に面した任意の 2、3 の地点を選び、これらにもとづいて類型的な原子炉敷地と周辺の状況を想定することにした》
《考察する原子炉は事故が起きる前に約 4 年間運転した熱出力 50 万 KW の動力炉とする》
《放出放射能の人体及び土地使用に及ぼす影響》は以下の項目を網羅している。
1. 外部技曝( External Exposure )
(1) コンテナーよりのγ線被曝
(2) 放射能雲よりのγ線被曝
(3) 土地・建物等に沈着した放射物よりのγ線被曝
(4) 身体表面に沈着した放出物より身体の受けるγ−β線被曝(この内とくに皮膚の受けるβ線被曝が重要)
 
2. 内部技曝( Internal Exposure )
(5) 放射性放出物の身体への侵入部位が蒙むる被曝
(i) 呼吸器よりの侵入では肺
(ii) 消化器よりの侵入では 消化器
(6) 身体内に吸収された放出物による全身の受ける被曝
(7) 吸入摂取された放出物により、各 Critical Organ が受ける被曝
(8) 一度土地又は海水等に沈着した放出物が food chain を通じて、徐々に身体内に摂取されることにより、各 Critical Organ が受ける被曝

このうち、(1)(4)(8)を除いた項目について検討している。
《放出放射能の農漁業への影響》については、損害賠償額の見積もりが限定的なものだとことわっている。実際には、《試算した額より大きくはなっても小さくはならない》という。
《物的損害および人的損害の試算基礎についてのべることとするが、ここに論じている損害の範囲は、実際に原子炉事故による損害が溌生した場合のものよりも狭くなつていることはとくに注意を要する。何故なら明らかに損害賠償の対象になるとは思われても―律にこれを算出する手がかりが全くないものは計算されていないからである。実際の損害賠償の範囲はおそらく相当因果関係の範囲であろうからわれわれが試算した額より大きくはなっても小さくはならないと思われる》
けっこうしっかりと試算しているではないか。
では、具体的にはどのくらいになるのか?
(つづく)