菅家さん釈放にあたっては、鑑定の精度が低いのに高いと偽ったという点が問題にされている。しかし、日垣さんによれば、精度の問題の前に、怪しげな動きがあったという。
はじめ、栃木県警察本部刑事部科学捜査研究所(科捜研)の鑑定書では、川底から発見された真美ちゃんの衣服を精液検査したところ、陽性反応があったのは半袖下着だけで、その背面2ポイントでに希薄な精液が認められたとされる。一点からは「精子の頭部を2個」、他の一点から「精子の頭部を1個」発見し、「弱くB型の反応」を示したという。精子は1ミリリットルで1億個、父親のパンツと一緒に洗濯すれば精子の200個や300個ついても不思議ではないことから考えると、非常に危うい鑑定である。
すでに紹介したように、《この足利事件には、DNA鑑定の威力を、マスコミを通じて大蔵省にも認知させるべく警察庁の大きな期待がかかっていた》。《警察庁の科学警察研究所(科警研)が、MCT118型という第一染色体上の特殊部位に目をつけたCNA型鑑定を実用化するのは90年10月。栃木県警がマークした菅家利和さん(当時44歳)の尾行を開始宇するのは翌月から》だった。(事件が起きたのは5月)
このあたりから出来レースの匂いがぷんぷんしてくる。
そして、尾行半年後、菅家さんのゴミ箱から精液のついたティッシュペーパーを入手。警察庁の科警研が91年11月に作成した鑑定書で、DNA型鑑定が登場し、菅家さん逮捕の決定打になるのだが、この鑑定書では、《なぜか同じ真美ちゃんの半袖下着の(県警の科捜研が1年半前に行った鑑定書に記された位置とは)ややずれた2ポイント》から「1万5百から1万2千個」の精子の頭部が発見されたとする。精子「頭部のみ3個」からいきなり「1万5百から1万2千個」に激増したのである。
日垣さんはこう書く。
《身内の研究所の同一鑑定人が、対照すべき二つの資料(ティッシュの精液と半袖下着の精液斑)のCNAを同時に鑑定するというのは、模範解答を最初からマインドコントロールされたようなものだが、しかもあとで裁判所や弁護人が検証できる余地までなくした(半袖下着に付着していた精子を全部使ったうえ、精液斑を焼却してしまった)のだ。とにかう一致さえしてくれれば、全道府県警にDNA型鑑定の特別室と機器が新設され消耗品が恒常的に確保できる絶好のチャンスとなる。》
結局、科警研はMCT118法のマーカーを変え、この検査法自体を引っ込めることになった。
今回書き足した解説で日垣さんは、《私は、逮捕直前に科警研が行なったDNA型鑑定でも、菅家さんと真犯人のDNA型は(当時も)一致しなかったのではないか、と確信する》と書いている。
日垣さんも指摘するように、科学鑑定がらみでは、《よそから毛髪をもってきたり(大分みどり荘事件では短髪の容疑者から長髪が採取されたことになっていた)、陰毛を入れ替えたり(鹿児島夫婦殺人事件)》と謀略とも言える手法が使われてきた。
警察のこの陰謀政治的とでもいうべき体質は今も変わっていないのではないか。
(なお、日垣さんの13年前の記事は以下で読むことができるhttp://www.gfighter.com/images/shop/19DNA.pdf)