調査報道のバイブル

takase222015-01-08

昔総評 今首相 ――会社員
(長井・米助)
これは今朝の朝日新聞「かたえくぼ」欄の「賃上げ」という作品。

昔、賃上げといえば労組が闘い獲るものだったが、今は首相が財界に賃金を上げるよう指示するのが一番効果的だという。私の世代から見ると、かなり不気味な状況だ。
じゃあ、労組なんか、いらないじゃないか。

きょう気になったいくつかのニュース。
爆笑問題がラジオ番組で、NHKのお笑い番組に出演した際、事前に用意していた政治家に関するネタを局側に没にされたことを明らかにした。
《出演したのは3日に放送された「初笑い東西寄席2015」。爆笑問題はNHKアナウンサーとともに司会を務めていた。
 ラジオ番組によると、放送前に番組スタッフに対して、「ネタ見せ」をした際、政治家のネタについてすべて放送できないと判断されたという。
 番組の中で田中裕二さんは「全部ダメって言うんだよな。あれは腹立ったな」と話した。太田光さんは「プロデューサーの人にもよるんだけど、自粛なんですよ。これは誤解してもらいたくないんですけど、政治的圧力は一切かかってない。テレビ局側の自粛っていうのはありますけど。問題を避けるための」と話し、田中さんは「色濃くなってるのは肌で感じるね」と応じた。》(朝日新聞)
NHKへの言論統制はお笑いにも及んでいるらしい。これも気持ちが悪い。

別のニュース。
上京中の沖縄の翁長知事を政府は徹底して冷遇している。
《上京中の翁長雄志知事は7日、サトウキビ関連交付金の要請のため面会を求めていた西川公也農相とは会えなかった。農林水産省が日程を理由に県に断った。一方、西川農相は同日、県さとうきび対策本部長の新崎弘光JA沖縄中央会長や西銘恒三郎衆院議員ら地元自民党議員らの要請には応じた。例年行われる要請ではこれまで仲井真弘多前知事が同席しており、米軍普天間飛行場辺野古移設に反対する翁長氏との対話を事実上拒否した形だ》(琉球新報
さらに沖縄復興予算を減額。見せしめ以外の何ものでもない。
《政府は二〇一五年度の沖縄振興予算を一四年度(三千四百六十億円)比で一割程度減額して三千百億円前後とする方向で調整に入った。複数の政府関係者が七日、明らかにした。未執行の予算が多いことを理由とするが、米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古(へのこ)移設に反対する翁長雄志(おながたけし)県知事をけん制する狙いとの見方もある》(東京新聞)

これら一連の動きに気味悪さを感じるのはなぜだろう。
政治権力の意向が、露骨で直接的なかたちで、社会全体を覆っているように思われること、そしてそのことに大きな反発が起きないでいることによるのではないか。
社会の大きな「組み換え」が必要なときではないか。
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さて、清水潔『殺人犯はそこにいる』で問題にされたのは以下の5件の事件だ。
  79年 栃木県足利市 福島万弥ちゃん 5歳 殺害
  84年 栃木県足利市 長谷部有美ちゃん 5歳 殺害
  87年 群馬県尾島町 大沢朋子ちゃん 8歳 殺害
  90年 栃木県足利市 松田真美ちゃん 4歳 殺害
  96年 群馬県太田市 横山ゆかりちゃん 4歳 行方不明

被害者はすべて幼女。有美ちゃん、真美ちゃん、ゆかりちゃんの3人はいずれもパチンコ屋から誘拐された。
万弥ちゃんは神社から、朋子ちゃんは公園から連れ去られているが、いずれも遺体は河川敷で発見されている。(真美ちゃんも河川敷に遺体があった)
ほとんどが週末など休日に起きており、5件がみな半径10キロ圏内におさまっている。

清水さんに指摘されてみれば、これはもう同一犯による連続幼女誘拐殺人事件と推測するのが自然なのだが、それまでは、警察もマスコミもそうはみていなかった。
県境で管轄が違い、しばしば隣県同士の警察は仲が良くないこともあったが、何よりもそのうち一件で「犯人」が逮捕され「解決済み」だったのである。
その犯人こそ、真美ちゃん事件、いわゆる「足利事件」の菅家利和さんだった。

当初は、足利市内の3件は連続事件と認識され、3件とも菅家さんが犯人とされたのだが、結局は真美ちゃん事件以外の2件については不起訴となっている。だが、真美ちゃん事件では、「DNA型鑑定」で犯人と菅家さんが一致したとされ、これが動かしがたい証拠となっていた。
清水さんの取材は、このDNA型鑑定を覆すと同時に、新たな証言を掘り起し、菅家さんの無実を証明するとともに、5件を連続事件として据え直し、ほんとうの「犯人」をあぶりだしたのだった。
ちょっと想像するだけで、どんなに大変なことだったろうかと感嘆のため息がでる。清水さんは、そのときどきの取材方針や状況分析、公表するかどうかの判断などをこの本『殺人犯はそこにいる』で公表している。
いまメディアに籍を置く人やこれからジャーナリズムの業界に入ろうとする人には、ぜひ読んでほしい。かっこうの参考書になるだろう。
早稲田大学ジャーナリズムスクールで大学院生を対象に実践的ジャーナリズムを教えている牧野洋氏は、この本をこう評する。
《これまでは日本の報道機関が調査報道をやろうにも、調査報道のスキルを備えた人材を育ててこなかったから、右往左往するのが落ちだった。調査報道を体系的に教えるためのジャーナリズムスクールもなかったし、教科書もなかった。だが、これからは違う。『殺人犯はそこにいる』という“バイブル”を一つの指針にすればいいのだから》
(つづく)