謀略説が持出す「証拠」の一つに、最近、北朝鮮人が偽札で捕まっていないではないかというのがある。
たしかに、かつて見られた、北朝鮮の外交官が、スーパーノートで一杯のスーツケースを持って摘発されるという漫画のようなシーンは、今ほとんど消えた。
実は、北朝鮮が関わる地下経済では、急速なアウトソーシングが進んでいる。チャーニーズ・マフィアなど外国の犯罪組織に捌かせるという新方式が導入されてきたのだ。覚醒剤も、以前のように工作船あるいは貨物船で直接運んでくる方式は廃れていった。この変遷については、拙著『金正日「闇ドル帝国」の壊死』(光文社)に具体的な事件取材を通して解説してある。
2回か3回ですむかと思ったら、この連載、こんなに長くなってしまったが、きょうで終わろう。急いでフィニッシュに入る。
自作自演説が出てくる背景には、北朝鮮に、技術的に優れたものを作ることはできないという思い込みがある。貧困イコール低技術というイメージだ。
だが北朝鮮は「普通の独裁」ではない「全体主義」である。全体主義国家における人的・物的資源の集中は、我々の常識を超える。
近代科学と文明の達成を全否定したポルポト体制を例外として、全体主義は、ナチズムにおいてもスターリニズムにおいても、軍事をはじめ特定の技術に関しては一流のものを生み出していた。それは、粛清や飢餓で死屍累々の状況と同時に達成されていたのだ。
金正日は大量の餓死者が出ていた98年にテポドン(人工衛星)を発射したことについて、人民の生活より軍事が大事だとこう公言した。
「我が人民がまともに食べることもできず、他人のように良い生活ができないことを知りつつも、国家と民族の尊厳と運命を守り抜き、明日の富強祖国を建設するために、その部門に資金を振り向けた」。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20081005
かくして北朝鮮は、民生部門はボロボロの悲惨な状態におきながらも、核兵器、ミサイルの開発を進め、精巧無比な偽ドルを進化させている。
アメリカの金融制裁は北朝鮮の偽札事情に変化をもたらした。中国までが偽ドル札監視を強化したため、北朝鮮のスーパーノートが国内でだぶつくという珍現象も見られた。また、スーパーノート摘発が表面化する頻度が減ったことも事実である。
さすがの北朝鮮も偽札作りから足を洗ったか、と推測するむきもあった。
しかし、そうではなかったのである。今、新しい動きが出てきた兆候がある。これについては、また取材して報告しよう。
スーパーノートとの闘いはまだまだ続く。
(おわり)