北朝鮮の偽札は米国製?7

紙幣に使う紙は、国ごとに独特である。
指ではじくとパンと乾いた音がする日本の1万円札が「剛」とすれば、新札でもふにゃっとした米ドル札は対照的に「柔」の感触だ。
米ドル札用紙は「繊維紙」で、綿とリネンが使用され、マサチューセッツ州にある製紙会社クレイン社http://www.crane.com/navAboutUs.aspx?NavName=aboutus&DeptName=AboutUsという一企業の独占である。クレイン社はクレイン家が7代にわたって経営してきた家族企業で1879年からドル札の用紙を供給してきた歴史を持つ。手嶋龍一氏の『ウルトラ・ダラー』では「ノートン社」で登場する。この小説では、スーパーノートの用紙は、厳しい「ノートン社」のセキュリティをくぐりぬけてパルプを盗んで作られることになっている。
もしスーパーノートの用紙が本物と全く同じものであれば、クレイン社から調達するしかなく、海を越えて北朝鮮に運ぶより、米国国内で偽札を製造する方が容易だろう。CIA犯人説もありえるかに思われる。だが、実際はスーパーノートの紙は本物とは別、つまりオリジナルなのである。
ロサンゼルスタイムズが「機械は日本から、紙は香港から、インクはフランスから輸入して」スーパーノートを作ったと書くがhttp://articles.latimes.com/2005/dec/12/world/fg-counterfeit12、これはありえない。スーパーノートは、どこからか出来合いの紙を買ってきてその上に印刷するのではない。
初期のスーパーノートでは、薄い紙を表裏と2枚貼り合わせていた。だから、銀行員など札を数えなれた人なら手触りで一発で分った。
偽札を判別するマジックペンが今もセキュリティグッズとして売られているが、(http://www.akiba-garage.com/item/AD0000012470.html)これには懐かしい思い出がある。96年、私はこれを持って、カンボジアの両替商を片っ端から回ってチェックしたことがあった。真札はペンでなぞっても透明だが、偽札は茶色に変色する。当時はこれで判別が可能だった。いくら印刷がすごくても紙の違いはごまかせない。
スーパーノートの紙質の進化はすさまじい。特に2000年に出回った「スーパーM」からは紙の質が格段によくなった。マジックペンなどでは判別できなくなった。
最新のスーパーノートの紙はさらに本物と近いが、それでもオリジナルであるから完全に同じではない。
ベンダー氏は、最新版のスーパーノートだけを議論の俎上に上げているようだが、スーパーノートは20年の歴史のなかで絶え間なく進化を繰り返してきたのである。松村喜秀さんやSSと偽造者たちとの壮絶なバトルとその過程でのスーパーノートのレベルアップについては拙著『金正日「闇ドル帝国」の壊死』、詳しくは松村喜秀『アナタの財布も危ない!ニセ札の恐怖』 (扶桑社新書)、西島博之『ニセ札はなぜ見破られるのか?』を参照されたい。
私たちは、96年タイのある両替商でスーパーKを独自に入手して以来、06年には中朝国境で当時世界最高レベルのスーパーZ改良型まで手に入れて調査してきた。ベンダー氏はおそらく、スーパーノートの現物を見たこともなければ、すさまじい進化の歴史も知らないと思う。だから、現場の事実を置き去りにした「解釈」へとはしってしまうのだろう。
中朝国境での取材では、北朝鮮側の国境の町ではスーパーノートが簡単に手に入る。例えば清津のスナム市場では、半公然の大量の偽札取り引きが行なわれ、中国側に運び出されてくる。
また、「北朝鮮内部からの通信」を載せる季刊誌『リムジンガン』(第二号)の記事も、北朝鮮内部で偽札ビジネスが広がっている事実を報じている。極端な外貨不足が長く続く北朝鮮にあって、大量の偽ドル札がだぶついているのを、CIA自作自演説はどう説明するのか。
もしも、CIAがスーパーノートを作っていたとすれば、本格的印刷所だけでなく製紙工程や研究機関をふくむ巨大な施設をアメリカのどこかに運営していたということになる。アメリカという国で、こんなプロジェクトが、20年もの長きにわたって(実はその前史もあるからもっと長く)、一切外に漏れずに存続できるものだろうか。
アメリカ政府は機密プロジェクトをたくさん持っているではないかと反論されるかもしれない。しかし、核やミサイルなどは公に認証された国家機密プロジェクトであるのに対し、自国通貨の信頼を損ねるドル札の偽造は、本来的に正当性を欠くプロジェクトなのだ。
このとんでもないプロジェクトの秘密が保持できる国。それは、20数年にわたって外国人拉致の事実を隠しておける全体主義の国家しかないと考えるのが自然ではないか。
(つづく)