追悼玉城素先生

きのう27日、北朝鮮問題の研究会に出席し、そこで北朝鮮研究の先駆者、玉城素(たまき・もとい)先生が亡くなったことを知った。享年82。知らない人が多いと思うが、孤高の偉人だった。
戦後、社会主義朝鮮への無批判な礼賛が支配する左翼陣営にあって、公表された統計、客観的な資料にもとづき、冷静な批判的分析を行った先駆者だった。
玉城さんの生涯は尋常ではない。吉祥寺のご自宅に遊びに行き、戦後、宮城県日本共産党の活動家として山村工作隊にたずさわった話をうかがったことがある。60年を前に共産党を辞めて独自の立場で活動してきたが、極左の大物から右翼民族派まで交友関係は驚くほど広かった。実力のすごさに比べると、世間からの注目度が低いのが残念だった。しかし、「本物」とはそういうものかもしれない。
あるサイトに載っていた追悼文を紹介する。
《玉城素(たまき・もとい)先生が14日午前10時40分過ぎ、入院先の国立国際医療センターにて逝去されました。
先生の想い出は数多くありますが、ちょっと変わったエピソードを。
ちょうど1年前、玉城先生のパソコン環境を一新するため、ご自宅を訪問した際のことでした。Mac OS Xのインストール終了を待つ間、畳の上で膝を抱えじっとモニターを見つめる先生が退屈そうでしたので、わたしは手持ちのゲーム機、ニンテンドーDSをお渡ししました。「先生、もし退屈でしたらこれ、やってみます?」
ゲームソフトは「大人の常識力トレーニング」。その名の通り常識問題のクイズゲームですが、これがなかなか難しい。先生はふむふむとゲーム機を手に取ると、わたしが何の説明もしないうちにスイッチを入れ、ご自分のお名前を登録。さっそくゲームを始めました。やがてインストール終了。ふと横を見ると、全問正解のスクリーンを嬉しそうに見せる先生がいらっしゃいました。わたしが驚いたの何のって。クイズに全問正解はもちろんのこと、初めて触るハイテク機器を、何の予備知識もなく、傘寿を超えた方が、ですよ。その頭脳がいきいきと保つ底知れぬ柔軟さに、わたしは感動を覚えました。》http://www.pyongyangology.com/index.php?option=com_content&task=view&id=493&Itemid=1
たしかに少年のような若々しい感性をお持ちだった。
夜、ちょうど吉祥寺に用事があった。先生の家の近所の暗い道を一人歩いて先生を偲んだ。