三浦小太郎が斬るNY平壌公演1

2月26日にニューヨーク・フィルハーモニーの平壌公演が行われた。
生で国際テレビ放送されたが、核放棄が進んでいないこともあって、さほど大きな話題にはならなかった。脱北者に聞くと、こういう国家的な催しの場合、観客は「この部門から何人」と割り当てが決められ、上からその人数分の切符が降りてくる。そして、切符をもらった人は絶対に参加しなければならない。つまり、観客は100%動員された人々なのである。文化やスポーツで国際「交流」を進めましょうと言っても、そこには交流すべき「人民」が不在なのである。北朝鮮に対しては、「草の根」とか「民衆同士の」交流はありえない。
このブログでも一度この公演について一言触れた。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20080131
畏友、三浦小太郎さんが、先月、この公演を批判するすばらしい文章をある雑誌に書いた。「月刊日本」というマイナーな媒体でほとんどの人の目に留まることはないだろう。あまりにもったいないので、2回に分けてここに転載する。
この三浦さんという人、政治だけでなく、文化・芸能にも強い。阿久悠ZARD坂井泉水が亡くなったときには、味わい深い追悼文を書いたし、クラシックからジャズ、ロック、はてはサブカル系アート、少女漫画まで何でもありの実に幅広い教養人だ。大学に行かずに独学した異色な在野評論家で、今後おいおい面白いエピソードも紹介していこう。

《ニューヨークフィル平壌公演
 来る2月26日、ニューヨーク・フィルハーモニーの平壌公演が予定されている。予定曲目は米朝両国歌、ガーシュインの「パリのアメリカ人」ドヴォルザークの「新世界より」等。平壌アメリカ国歌並びに、アメリカの作曲家ガーシュインの作品、そしてアメリカをイメージして書かれたと言われる「新世界」が演奏されることは、明らかに単なるコンサートを超えた米朝和解の政治的イベントとなりうる。このニュースを知った時、筆者はかって同じニューヨーク・フィルが、ナチス政権下で音楽活動を行った大指揮者、フルトヴェングラーを拒否した事件を思い出した。この大指揮者と政治のドラマは「カラヤンフルトヴェングラー」(中山右介著、幻冬舎新書)が最も臨場感溢れる筆致で描き出している。
 20世紀を代表する大指揮者フルトヴェングラーは、1936年当時、ベルリン・フィルハーモニーを指揮して活躍していた。彼は政治には全く無関心だったが、ユダヤ演奏家への迫害から彼らを守り、またナチスが批判する作曲家ヒンデミットの「画家マチス」を演奏、さらに新聞誌上で同作品を擁護するなど、音楽家としての原則的立場を貫いていた。
しかし、同時に彼はドイツ音楽への徹底的な愛情から、ドイツを去り亡命するという発想は皆無だった。そして、ナチスヒトラーが自ら演奏会の最前列に着き、指揮者に握手を求めてその瞬間を撮影し全世界に公開するなど、この指揮者を「ナチスドイツの代表的音楽家」として宣伝し、フルトヴェングラー本人も、それを受け入れざるを得なかった。
 そして、同じくイタリアの大指揮者、トスカニーニは、この当時ファシスト政権を拒否して亡命、オーストリアアメリカを主に指揮活動をしていた。そして、高齢のためニューヨーク・フィル音楽監督を辞任することになり、その際後継者としてフルトヴェングラーを推薦した。フルトヴェングラーは快く引き受けたが、ナチス政権はこれに激怒した。彼はあくまでナチスの広告塔だ。ゲーリングフルトヴェングラーは既にベルリンで重要な音楽監督の地位にあるという虚偽の発表を行い、これがニューヨークの特にユダヤ系市民の中に激しい反発を引き起こした。結局、フルトヴェングラーナチス(つまりドイツ国)との訣別をさけ、ニューヨーク・フィル音楽監督の地位を辞退した。
 トスカニーニはこの行動に怒り狂った。翌年、オーストリアザルツブルグ音楽祭にて、フルトヴェングラーを彼は論難した。「あなたはナチなのだから、ここから出て行きなさい。ドイツにいる以上、党員ではなくとも、ナチです。今日の世界情勢では、奴隷化された国と自由の国の両方で同時にタクトを取ることは芸術家として許されません。」フルトヴェングラーは「音楽家にとって自由な国も奴隷化された国もないと考えます。ワーグナーベートーヴェンが演奏される場所では、人間は自由なのです。私が偉大な音楽を演奏し、たまたまそこがヒトラー支配下にあったとしたら、それだけで私はヒトラーの代弁者になるのでしょうか。」と反論した。2人の議論は全く平行線をたどった。
(つづく)