ラントス議員の死によせて−ナチスと北朝鮮

夕刊の訃報に目が止まった。
アメリカのトム・ラントス下院議員がきのう、食道がんで亡くなったという。ラントス議員は、ハンガリー生まれのユダヤ人で、ナチス・ドイツホロコーストを生き延びたことで知られ、民主党人権派議員の代表格だった。
靖国問題従軍慰安婦問題で厳しい批判をしたことで、日本の新聞にも取り上げられた人だ。
私は05年2月に議員事務所に彼を訪れたことがある。アメリカの議員事務所が、日本の議員会館の事務所と比べて立派なのに驚いた。入り口には秘書がいて、奥に3部屋くらいあった。天井は高く、調度も高級なので、とても豪華に見えた。
ラントス議員は、ブッシュ政権がまだ北朝鮮に対して強硬だった当時、平壌を訪問して独自に「対話」を試みていた。私は北朝鮮の姿勢を彼から聞こうと、インタビューを申し込んだのだった。
取材が終わって、私は議論を吹っかけた。アメリカ政界でも一目置かれる長老議員に対して、僭越ながら、こう言ったのだ。
「ラントスさんは、ホロコーストで家族や親戚のほとんどを殺されて、《全体主義》の本質をよくご存知だと思います。私は北朝鮮金正日体制も《全体主義》だと考えるので、ナチスと同様、地上から一掃すべき対象だと思いますがいかがでしょうか。このような体制と真の対話が成立するとお考えでしょうか。」
私の目には、ラントス議員の北朝鮮訪問が融和的に過ぎるように映ったのだ。
ラントス議員の答えは、北朝鮮の体制は民主化されなくてはならないが、対話のパイプは必要という、政治家としては常識的なもので、私はあまり納得できずにお別れしたことを覚えている。
同じ全体主義でも、ナチス・ドイツスターリニズムを比べると、世界は後者に対してはるかに甘い。これは、第二次大戦で、ナチスに対抗した連合国の中に、アメリカと並んでソ連が入っていたことが大きいのだろう。ともにファシズムと戦った戦友というわけだ。ソ連もこれを最大利用して、圧制と戦う人民の国家というイメージを振りまいた。
しかし、世界に対する害悪という点では、共産主義全体主義の方がはるかに酷かった。スターリニズムは東欧そして中国から北朝鮮カンボジアへと波及し、数千万人という規模の殺戮ないしは餓死を含む不自然死(革命がなければ生きられた人の死)を招いた。
ビルマの軍政には制裁を叫ぶのに、北朝鮮に対しては国交正常化を語るという、日本の知識人の「人権」をめぐる二重基準もまた、第二次大戦の構図に発する音の深いもののようだ。