ICC(国際刑事裁判所)が扱うのは「最も重大な犯罪」に限られるが、北朝鮮による拉致がこれに当てはまるかどうか。
私は、「《重大性》については、韓国を巻き込めば朝鮮戦争の後だけで拉致被害者は約5百人、朝鮮戦争時の民間人を入れれば10万人規模になる。また、少なくとも12カ国から拉致されているから、各国と一緒に行動する態勢があれば、犯罪の組織性、系統性、規模の大きさは出せるのではないか」という意見だった。
齋賀富美子大使は、会場での発言よりさらに踏み込んで、「《重大性》の問題で正面からやりあうより、安保理の付託の方がすっきりするかも知れない」という意見を教えてくれた。
齋賀氏が言うのは、国連安保理が、憲章第7章に基づいてICCに付託するという、もう一つのやり方だ。実際の例としては、ダルフール問題がある。これは、安保理決議5973でICCに付託され、捜査がすでに開始されている。ダルフール問題は、実行地国も容疑者の国籍国もスーダンだが、スーダンはローマ規程の締約国ではない。しかし、安保理決議でICCに付託してしまえば、入り口の手続き論など吹っ飛んでしまう。たしかにすっきりした方法だ。
ICCの仕組みや管轄権については、とりあえず外務省のサイトが勉強になる。(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/icc/pdfs/icc.pdf)
やはり、思い切って、シンポジウムでICC提訴問題を発言してよかった。政府が検討を始めていることが分かったし、問題点も見えた。何より、シンポジウム参加者が、「金正日を裁判にかけることなんてできるのか?」と大きな関心を持ってくれたことが収穫だった。
控え室に戻ったあと、中山恭子首相補佐官から、あのおっとりした話し方で、「私たちも提訴の可能性をいろいろ議論しているんですよ。きょうのシンポジウムでこの問題をアピールしていただいて感謝しています」との言葉をいただいた。
ICC(国際刑事裁判所)への提訴可能性については、すでに4年も前に、中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権―北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店、03年)でとても詳しく検討され、論点も整理されている。私がここで書いた内容は、多くをこの本に拠っている。
(中野徹三氏の議論はhttp://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/nakanorachi.htmで読むことができる)
だが、この本が書かれた03年時点では、日本はICC規程の締約国にもなっておらず、書かれた内容には賛成しながらも、いま一つ提訴の可能性を実感できないでいた。
しかし時は来た。日本は締約国となり、30億円を出すICC最大の資金拠出国である。
今の外務大臣は、長く国際刑事裁判所への加入のために尽力してきた高村正彦氏だ。高村外相はまた、中央大学法学部OBで、拉致被害者、蓮池薫さんの先輩にあたり、拉致問題にも熱心に取り組んできた政治家だ。ICCには日本は齋賀氏を判事として送り込む。役者はそろっている。
シンポジウムに参加していた横田滋さんは、「提訴できる可能性があるなら、どんどん試してみればいいんじゃないですか」と私に言ったが、その通りだ。
何人かの政治家と官僚が真剣にやれば、すぐに「調査」「検討」はできるはずだ。あとは戦略を立てて、なるべく早く、実現に踏み出そうではないか。
「一日も早い拉致問題の解決に向けて努力してまいります・・・」とどの政治家も言うが、このお題目を行動で示してほしい。
(おわり)