長井さんが観光客だったら

サンプロの放送に立会う。
朝から東京は良く晴れた。
空が晴れると、テレビ関係者は一様に渋い顔で、「きょうは、あいにくのいい天気ですね」という変な挨拶をする。外出する人が多くなって視聴率が下がるからだ。この業界にもう長くいるのに、私はまだこの「風習」に慣れることができない。
きょうのサンプロ「南北首脳会談」特集で、我々スタッフのなかで一番受けたのは、ジャーナリストの池東旭(チドンオク)さんのコメントだった。
南北首脳は今後、「随時会談する」ことになったが、金正日訪韓については言及していない。そもそも2000年の首脳会談時の、次は金正日が韓国に行くという約束が守られていないから、今後の首脳会談も北朝鮮で行われるだろう。これについて池さんは以下のように解説した。
「そうするとこの次からですね、トップ会談開けばね、結局ね、こっちの大統領が就任するたびにですね、北にね、『参勤交代』じゃないけどね、頭下げに行かなきゃいけないんじゃないかって・・・」
韓国人の池さんが、江戸っ子みたいな口調で、「参勤交代」などという日本史用語を使って解説するので、思わず笑ってしまう。しかもそれが実にぴったりした表現になっているのに感心する。
サンプロの編集でばたばたしていた昨夜、長井さんが契約していたAPFの社長、山路さんから電話をいただき、お話する機会があった。山路さんは、先月27日長井さん死亡の第一報が入ってから、ご家族や関係者への連絡、取材への対応、ミャンマーでの遺体引取り、4日夜のご両親の遺体との対面、そして7日の通夜と8日の告別式の準備と、大変な心労の日々が続いている。ところが山路さんは、意気消沈するどころか、こう言って、お悔やみを言った私を逆に励ましてくれたのだ。
「長井さんの事件があったからといって、私たちが尻込みしたり、取材を自粛したりしないようにしましょうよ」。
この志の高さには頭が下がる。
くらたま」こと漫画家の倉田真由美さんが、新聞にこんなことを書いていた。
〈ある識者が、「こういう事件があると大騒動になるので、ジャーナリストは自分の命を懸ける覚悟だけでなく、死んだ時に多くの人にかける迷惑も考えてほしい」と言った。これに一片の理もないとはいえない。長井さんが撃たれた時の映像を見ると「危なすぎる」気がする。もし、長井さんが一観光客だったら、事件の受け取られ方が全く違ったのは間違いない。〉(以上、東京新聞「本音のコラム」10月4日から抄記)
これを読んで、イラクであった何件かの日本人がらみの事件を思い浮かべた。世論の反応がひどく違っていたからだ。
1)2004年4月、3人の日本人(ボランティアの女性、カメラマン、ジャーナリスト志望の未成年)が誘拐された。これに対して「自己責任」と批判する声が巻き起こった。
2)同じ4月、さらに2人の日本人(自称フリージャーナリスト)が誘拐されるが、やはりイラクに行った無謀さが批判される。
3)翌5月に橋田信介さんと小川功太郎さんが武装グループに襲撃され殺されている。これは勇気あるジャーナリストの死として報じられた。
4)10月には、香田証生さんがアルカイダに殺された。死亡という最悪の事態になったにもかかわらず、自業自得だとして同情の声は聞かれなかった。
危ないところと知って行くなら「自己責任」だと言う。ジャーナリストは、わざわざ危険地を取材しに乗り込む「確信犯」であるのに、ジャーナリストであるがゆえにその行為は認められる。
ところで、誘拐された日本人たちの中には、駆け出しのカメラマンやジャーナリストがいたが、それでもバッシングされた。ベテランのジャーナリストも、はじめはみんな無名の「駆け出し」だったのではないか。そもそも、ジャーナリストという人種の線引きはどこでするのだろうか。
あすは長井健司さんの告別式である。