横田滋さんの逝去によせて13-「パイプを作ろう」と滋さんは言った

 トランプ大統領の元側近、ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の暴露本が注目されている。米政府が、出版差し止めを申し立てていたが、裁判所はこれを却下して出版が実現した。

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朝日新聞

 ボルトン氏はブッシュ政権時代からタカ派ご意見番で、私も対北朝鮮戦略についてインタビューしたことがある。筋金入りの保守強硬派である。

 この回顧録の内容をメディアが報じているが、それを読む限り、トランプとは、政治家にはなってはいけない、ましてや米国という超大国のトップには絶対になってはいけない人であることをあらためて確信させる。
 習近平に農産物を爆買いして自分の選挙を有利にしてくれと頼む一方で、ウイグル族強制収容所を容認したという。この人に国家戦略とか政治信条などというものはなく、恥ずかしげもなく私利私欲を前面に出している。まさに「トランプ・ファースト」。

    回顧録の中で、安倍首相は、トランプと「最も親しい首脳」として登場するという。またトランプは、在日米軍を全面撤退するぞと日本を脅して、「思いやり予算」の大幅アップを突きつければいいと言ったそうだ。さんざん追従してきた日本は甘く見られてますよ、安倍首相。すぐに読んで「真摯に反省して」ください。

 米朝関係についても興味深い内容が暴露されている。
 シンガポールベトナムハノイ板門店と3回のトランプ・金正恩首脳会談は、ボルトン氏の在任中に行われた。
 《おととし6月にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談については北朝鮮との事前の交渉が行き詰まるなか、トランプ大統領が「これは宣伝のためだ」とか、「中身のない合意でも署名する」と述べたなどとして、非核化の実現よりみずからのアピールに関心があったと指摘しています。
 また会談のさなかに同席していたポンペイ国務長官からトランプ大統領の発言について、「でたらめだらけだ」と書かれたメモを渡され、ボルトン氏も同意したと記しています。
 またこの会談の実現に向けては当初、韓国のムン・ジェイン文在寅)大統領の側近が北朝鮮のキム委員長に働きかけていたと指摘し、「戦略よりも南北の統一という目標のための創作だった」として、韓国側の思惑が強く影響していたと主張しています。》
NHKhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20200623/k10012480841000.html


 トランプは、「やってる感」を出すことだけを考えて首脳会談に臨んでいる。彼の危なっかしい、子どものような暴走を、ボルトン氏ら取り巻きが懸命に抑えたという。
 一方、文在寅金正恩とトランプの斡旋役として描かれている。それも北朝鮮側に軸足を置いて取りまとめる役割だ。ボルトン回顧録出版で、韓国政界はひと騒動起きそうだ。
 ここに暴露された北朝鮮―韓国―米国の首脳同士のやり取りは、日本の対北朝鮮戦略を考える上で重要な判断材料になる。今の状態では、日米韓が連携して北朝鮮に対応するということを実現することは非常に困難だ。では、どうするか・・・
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 私的なスナップで恐縮だが、これは2013年2月、横田さん夫妻と有田芳生さんと私の4人で会食したときのもの。私の「還暦祝い」をやっていただいた。

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赤いちゃんちゃんこを着せられた。このころ、滋さんはまだお酒を楽しんでいた。

 このころ、夫妻はウンギョンさんに会うべきかどうか、悩み続けていた。

 8か月後の13年10月、横田滋さんはウンギョンさんに会うことを決断し、安倍首相と岸田外相に手紙を書いて「直訴」する。その後の「ストックホルム合意」に至る展開は22日のブログに書いた通りである。

 「ストックホルム合意」では、「1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地、残留日本人、いわゆる日本人配偶者、拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する調査」と4つの問題を抱き合わせにしている。

 拉致被害者の「調査」は後回しにして、「遺骨」などで時間を稼ぐつもりだろうという批判が起こった。私も北朝鮮はそういうつもりだったと思う。ただ、だから無意味だとはならない。
 北朝鮮との交渉、合意は、一つピースを間違えて触ったら、せっかく積み上げた積木がガラガラと崩れるリスクをいつも抱えている。リスクを覚悟で踏み込んでいく、そう腹をくくるしかない。

 政府の拉致問題への取り組みについて、横田滋さんが珍しく、公の場で意見を唱えたことがある。

 2012年4月、「北朝鮮による拉致・人権問題を考える神奈川県民集会」が開かれた。会のあとの記者会見で、松原仁拉致問題担当大臣、黒岩神奈川県知事もいるなか、滋さんはこうコメントしている。

 「制裁はもちろん必要だが、やっぱり交渉しなければ解決しない。
 北朝鮮に、終戦のときに残してきた遺骨を収集したいと申し入れるとか、日本人妻の帰国をさせると計画しているとか、いろんなことでまずパイプを作って、拉致の解決につないでいきたい」

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6月13日TBS「報道特集」より

 圧力はそもそも、交渉を促すためのものではないかという滋さんの考えが吐露された場面だった。
 「遺骨」、「日本人妻」に関するコメントは、「ストックホルム合意」の先取りのようであり、「いろんなことでパイプを作って」というのは、後にウンギョンさんとの対面が日朝対話を促したことを予言するかのようである。

 実は、北朝鮮で死亡した日本人の遺骨の返還や遺族の墓参などについては、民主党政権下で水面下の交渉があり、赤十字会談も視野に入っていたが、金正日の死去(2011年12月)などで動きが止まっていた。これを踏まえての発言だった。

 滋さんに、ウンギョンさんと会うと決断させたのは、「孫に会いたい」という肉親の情だけでなく、進展が見えない拉致問題を、ウンギョンさんとの対面をきっかけに動かしたいという意図もあったのではないか。
 1997年にめぐみさんの実名公表を決断したのは、滋さんが、実名でないとインパクトがなく問題を打開できないと考えたからだった。滋さんは、社会の動きへの大局観を持っている人である。
 ウンギョンさんと対面をする自らを、二国間での交渉の一つの駒として差し出すという発想が、滋さんにはあったのではないか。一連の流れから、私にはそう思えてくる。

 

 いま思えば、横田さん夫妻に12年も我慢を強いることなく、早くウンギョンさんに会わせてあげるべきだった。滋さんに長い苦悩の末の「決断」などさせてはいけなかった。
 むしろ政府の方から、お孫さんに会えるよう手配しましょうと対面を進めるべきだったのではないか。そうすれば結果として、政府の北朝鮮との交渉のオプションも広がったかもしれない。

 本気で拉致問題に風穴をあけようとするなら、ウンギョンさんとの対面などの「人道」的な問題をはじめ、ありとあらゆる機会やルートを利用することに知恵を絞るべきだろう。効果的な「圧力」を加えながら。
 安倍首相が「やってる感だけ」と批判されるのは、何としても拉致問題を動かそうという本気度が全く見えないからだ。

 いまウンギョンさんは32歳。夫、娘の3人で、平壌市中心部の公営マンションで暮らしている。夫は教育関連の役所勤めのかたわら、副業で中国相手の貿易も手がけているという。娘さんはもう7歳で小学生だ。
 「部屋にはピアノがあり、旦那さんも弾くし、娘さんも習っているはずです。北朝鮮で家にピアノがあるのは特別な地位にある証拠。拉致被害者の家族だからでしょう。米や野菜、肉の配給は通常週2回ですが、若干多く配給されるそうです」(有田芳生さん)

 早紀江さんは今も、モンゴルでの写真を引き出しから取り出して、あの夢のような日々を懐かしんでいることだろう。早紀江さんが、飛行機で旅をするのはもう厳しい。もう一度会いたいと思っているに違いないが、早紀江さんの性格からして、自分からは決して言い出さないだろう。

 もうこうなったら、政府主導で、ウンギョンさんを日本に呼んで早紀江さんに再び会ってもらうというのはどうか。この「人道」問題には北朝鮮も反対しないはずだ。

 「いろんなことでまずパイプを作って、拉致の解決につないでいきたい」
 この言葉が滋さんの遺言のように思えてくる。
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 「滋さんの逝去によせて」の連載はきょうでいったん終わります。お読みいただきありがとうございました。
 連載中、若い人から、拉致のことをほとんど知らなかったので、一から勉強になりますという声が寄せられたり、問題の闇の深さに気が付かされ、とてもおもしろいので続けてほしいなどの励ましもありました。
 今後、もっとオタクな話も交えて、北朝鮮問題を深掘りする企画を適宜書いていきます。
 よろしく!