安田純平のタフネス

 第53回ギャラクシー賞(放送批評懇談会主催)が2日発表され、テレビ部門の大賞に、テレビ朝日の「報道ステーション」の二つの特集、今年3月放送の「ノーベル賞経済学者が見た日本」と「独ワイマール憲法の“教訓”」が選ばれた。
https://www.youtube.com/watch?v=25sM6kFxwJo
 《「ワイマール憲法」では、キャスターの古舘伊知郎さんがドイツを取材し、かつてヒトラーが同憲法の国家緊急権を悪用して独裁政権を構築した経緯をリポート。自民党改憲草案に盛り込んだ「緊急事態条項」が、時の政権を暴走させる危険性をはらむと指摘した。こうした放送内容が「国論を二分する重要課題について、独自の視点と深い取材で問題の本質に迫り分かりやすく伝えた」などと評価された。》(朝日新聞
 古館キャスターがドイツ・ワイマールのヒトラーが演説したエレファントホテルのバルコニーからリポートした冒頭のシーンが印象に残っている。

 ヒトラーは、失業の不安におびえる人々に「強いドイツを取り戻す」と訴え、独裁を「決断できる政治」、戦争の準備を「平和と安全の確保」と言い換えたと古舘氏はリポートした。今の日本と二重写しになっている。
見逃した方はYoutubeでご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=3Kw0uuflXdc
 このほか、日本テレビNNNドキュメント「南京事件 兵士たちの遺言」がテレビ部門の優秀賞を受賞。特別賞にはNHK「クローズアップ現代」のキャスターとして長年活躍した国谷裕子さんが選ばれた。
 先月、「放送人の会」は国谷裕子氏とNNNドキュメント南京事件」をグランプリと準グランプリに選んでいた。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20160520
 このブログで紹介した番組や人が受賞しているが、これらの選考にあたっては、このままじゃだめだというメディア関係者の焦りのようなものも感じられる。
南京事件」の動画はhttp://www.at-douga.com/?p=14681
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 安田純平氏は、いまどんなことを思いながら拘束生活を送っているのか。
 それを想像するには、彼の書いた『囚われのイラク』(現代人文社)が参考になる。

 本の半分は、2004年4月にイラクで安田氏が武装勢力に拘束されたときの振り返りだ。
 今、これを読むと、安田氏は当時、実に沈着冷静に判断し行動していることがわかる。

 たとえば、車で移動させられるときは目隠しで外は見えないのだが、
 「左側の窓ガラスに手を当てると日が当たっているのが感じられた。時刻は三時を回っているはずだから、日は西に傾いている。向かっている方向を大まかにつかめそうだ」(P38)

 アルジャジーラに送る映像を撮るためとしてビデオカメラを向けられたときは、
 「人質になったかのような屈辱的な映像を撮られるのは嫌だった」安田氏は、「名前を言わせてもらうふりをして、『全く問題ありません』と笑って言ってしまえば人質映像にならないと考えた」が、ばれれば大変なことになるかもしれず、結局は小細工しないことにしたと書く。
 今回のシリアでの拘束中に出てきた安田氏の画像(3月の動画と5月の写真)でも、彼はカメラにむかって何かしらメッセージを込めようとしているはずだと想像できる。

 拘束した地域の武装勢力が安田氏らを留め置いたのはある農家だった。安田氏はその住人や監視人との摩擦を避け、彼らに言葉を習いながら、日本の文化を話題にし、敵意をあらわにする監視人に少林寺拳法の技をかけたりして、周りの空気を和らげることに成功している。
 「一日後か二日後か、十年後には解放されるよ」と犯人グループの一人から言われた安田氏。「『十年後・・・。なら嫁を見つけてくれ』と身振りを交えて冗談で返すと、一同笑いにつつまれた」(P47)

 そればかりか、関係がよくなってくると、取材まで試みている。
 「『外に牛乳の缶があったが、ここで搾っているのか。ならば乳搾りをさせてくれ。農場で畑仕事もさせてほしい』と身振りを交えて頼んだ。それができるならば一カ月でもいてもいいと思った。いわゆる、ファーム・ステイである。彼らの生活を見てみたいという気持ちになっていた。」
(P43)

 そして解放が決まった段階で、こう書く。
 「彼らが私たちを解放したのは、彼ら自身が紳士的だったからだ。そして、自衛隊を派遣した国の人間として拘束していながら、誰もが日本に興味を示していた。ヒロシマナガサキトヨタニッサン―。拘束中に何度も耳にした『日本』だ。そのたびに実感した。『日本の市民が積み重ねてきた歴史、文化に救われているのだ』と。」(P90)

 このとき安田氏を拘束したのは、イラクスンニ派の部族による地域自警団のような抵抗勢力で、拘束場所の人々は概して友好的だったという。それにしても、安田純平は根性がすわっている。そして、窮地においてもきわめてタフに立ち回れる稀なジャーナリストだとあらためて思う。タフというのはクレバーで柔軟だということだ。
 イラクで拘束されたときはアラビア語はほとんどできなかったが、2007年には「戦場出稼ぎ労働者」となってイラクで働いて言葉を覚え、今は相当できるはずだ。拘束者たちとのコミュニケーションで誤解が起きることも少ないだろう。
 今も的確な判断を日々下しながら、しぶとく拘束生活を生き抜いていることを私は確信している。
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お知らせ
明日5日(日)、BS朝日「いま世界は」(午後6時54分~8時54分)に出演して、安田氏拘束事件について語ります。マスコミは報道を抑制してほしいとお願いするつもりです。
http://www.bs-asahi.co.jp/imasekaiwa/