新緑に光合成の奇跡を思う

規制委より説得力ある大地震  (東京都 辻 酔乱)朝日川柳より

  阿蘇の噴火まで伝えられると心配せずにはいられない。強い揺れはまだ続きそうだ。
  四つのプレートがぶつかる日本列島で原発を稼働させていいのかと、あらためて思う。
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オフィス近くの銀杏並木の緑に目がいった。
ぐるりと見渡すと、林立するビルを背景にあそこにも、そっちにも輝くばかりの緑が。

通りかかったスペイン料理店にも大きな銀杏が若葉をいっぱいに付けた枝を伸ばしている。


春の光のなかで緑の美しさに感動する。
なぜ、緑は美しく感じられるのか。視神経がもっとも休まるのが緑を見ているときだともいう。きょうは、そのおおもとを勉強してみた。
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ビッグバンでこの宇宙が誕生した138億年前からこの自分にいたる歴史を振り返ると、何回もの大きな革命的ジャンプがある。
その一つが、光合成をおこなう生物(藍藻=シアノバクテリア)が出現したことだ。

単細胞微生物として海中に生命が誕生したのは四十億年前と言われているが、そこから長い時間が経ち、生物が摂取してきた栄養素が枯渇してきた。
この一大事に、「自ら栄養を作る」という手品のようなことをはじめた「やつ」が登場したのだ。二十数億年前のこととされる。手品とは、太陽エネルギーによって水と二酸化炭素から栄養(典型的にはグルコース)を作り出す光合成だ。
光合成で、6個の水分子(H2O)と6個の二酸化炭素分子(CO2)からグルコースC6H12O6をつくるとすると、酸素分子(O2)が6個余る。「植物は二酸化炭素を吸収して酸素を出す」といわれるのがこのメカニズムだ。

私がきょうも呼吸により酸素を取り込んで生きていられるのは、長い長い光合成の結果である。
そして光合成で栄養を作る役目の生命体が植物に、それを食べる生命体が動物となり、さらに動物を食べる動物が現れてくる。
要は、すべての栄養はもとをただせば光合成が供給しているのである。
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光合成はさらにすごいことを地球の生命史にもたらした。
陸地に生物が進出することを可能にしたのだ。
それまで生物は海にしかいなかった。DNAを破壊する紫外線が降り注ぐ陸地は、生物がまったく住めない世界だった。
そこに光合成がはじまった。海の中から少しづつ酸素が水面に上がって大気に混ざっていく。それが二十億年という気が遠くなるほどの時間つづいて、大気中に酸素がたまっていった。
そのうち、酸素(O2)の中から化学反応で酸素原子が三つのO3つまりオゾンができ、大気の高いところに層をなすようになった。これが紫外線をブロック。安全になった陸地に、まずは植物が上陸、それを追って節足動物が昆虫に変身して上陸、さらにそれを追って、魚類がエラを肺に進化させて両生類として上陸した。
ここから、我々人類へと続く爆発的な進化が開始されていくのである。

光合成で出た酸素が、無数の泡となって、プクプク、プクプク、と海の中から上がっていく。それが二十億年も続けられた。その営みを映像としてイメージすると静かな感動を覚える。

我々人類までの進化の舞台をおぜん立てし、私に毎日、酸素と栄養を供給して命を保つことを可能にしている光合成。緑の葉っぱが美しいと感じるのは、生命体としての私の無意識が深いところでその恩恵を知っているからではないか。

そんなことを学んだあとは、緑の葉っぱたちが、「あなたたちはこの地球上に生きていていいんだよ」とメッセージを送っているかのように感じられ、緑がいっそう美しくみえる。
葉っぱの緑は、生命に「すすめ」と指示する青信号(グリーンシグナル)。

では、葉っぱ(つまり葉緑素は)はなぜ緑なのか。
(つづく)