命を削って創刊された「拉致と真実」

takase222014-03-11

ミャンマーとタイを駆け足で回り、きのう10日の早朝帰国した。
「成田の気温は摂氏2度」とアナウンス。いまタイは猛暑期で、温度差30度だ。
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 留守中にたまった仕事の待つオフィスを昼過ぎに抜け出して参議院議員会館へ。
 萩原遼さん(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会名誉代表、ジャーナリスト)が『拉致と真実』という雑誌を創刊し、その記者会見があったのだ。
 萩原遼といえば、かつて平壌日本共産党の「赤旗」特派員として駐在し、1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫の正体をめぐって時の人になった。
 金賢姫などわが国の人間ではない」とシラを切る北朝鮮に対して、萩原さんは、少女時代の彼女はこれだ!と北朝鮮で撮った写真を発表したのだ。(結果的にそれは勘違いで、金賢姫はその隣で陰になっていた少女だった。同じ場所で別角度から撮影していた読売新聞の写真に金賢姫は写っていた。)
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20100729

 萩原遼さんは、「赤旗」を辞めたあと米軍が朝鮮戦争で集めた膨大な資料を分析して、朝鮮戦争は周到に準備された北朝鮮による攻撃で始まったことを証明。これは学問的にも大きな成果だった。
その後、「帰国事業」で北朝鮮に渡った若いころの友人の悲劇を『北朝鮮に消えた友と私の物語』としてまとめ、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。

 帰国運動で「北送」された人を日本に帰そうという運動をしていた萩原さんだが、拉致問題を本格的にやらねばと思い立った。そしてその真相解明、問題の解決のためには「拉致の実行犯」である朝鮮総連を解体しなければならない、『拉致と真実』はそのための雑誌なのだという。
 生涯かけてこの雑誌で闘うぞと決意し、創刊号を完成させた。ほっとすると同時に体調が悪いことに気づいた。体重も大きく減っている。検査で胃カメラをのむと「末期のがんで余命2ヶ月」と言われたという。
 ちゃんとした検査はこれからだが、どんな結果になろうと、死ぬまで闘い続けていくと萩原さんは決意表明した。うーん、まさに命を削っての闘い。敬意を表します。この雑誌は800円。志をともにする人はぜひ購入して雑誌を支えてください。
 創刊号は、櫻井よし子氏、荒木和博氏との対談、市川修一・増元るみ子さん拉致現場(吹上浜)での新証言、「海上拉致」の被害者の告訴状、朝鮮学校の実態、張成沢処刑に関する労働新聞などの資料など興味深い内容。問い合わせは「星へのあゆみ出版」03-6809-3121へどうそ。

 ただ、朝鮮総連は「拉致の温床」とは言えても、「拉致の実行犯」と言えるのか。
 会見後の質疑の時間に、こう尋ねた私に、萩原さんは「実行犯」と言ってよいと、荒木和博さんは「温床」は在日社会そのもので、総連は「温床」にとどまらないと発言した。
 なるほど、たしかに「温床」は甘すぎる表現だなと反省した。
 あの辛光洙シンガンス工作員が拉致を主導したとされる原敕晁(はらただあき)さん拉致事件では、総連幹部が複数関与したことがわかっている。大阪の朝鮮商工会の理事長と会長、それに朝鮮学校の元校長らが原さんを誘い出し、宮崎の海岸に潜入した工作員に身柄を渡したのだった。
(つづく)